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きらきら「初期詩篇」の世界/3「臨終」番外篇「かの女」「春と恋人」

「むなしさ」の
「よすがなき われは戯女(たわれめ)」(第1連)は
「臨終」の
「神もなくしるべもなくて」(第2連)と呼応しています。

どちらも女性の境地を歌ったものですが
詩人のこの時期の境地でもあります。

「臨終」を「山羊の歌」の「初期詩篇」6番目に置き
「むさしさ」を「在りし日の歌」の2番目に置いた詩人の意図を
想像することは難しくありません。

京都から連れ立って東京に出てきた女性に去られ
その女性が去った行く先は文学上の先輩であり仲間であった小林秀雄の元であり
その小林を紹介した富永太郎は死去したばかりであり……

友人、知人そして恋人を
一挙にすべて失なって
一人見知らぬ土地、
それもコンクリートジャングルのような大都会・東京に投げ出されてしまった……

神もなくしるべもなく
よすがなき
……

横浜の娼婦たちを
同じような境遇にある者と見做(な)したのは
決して大げさなことではありませんでした。

「臨終」や「むなしさ」と同じころに書かれた
「かの女」という未発表詩篇があります。

「草稿詩篇(1925年―1928年)」の4番目に「かの女」はありますが
この詩も「横浜もの」の一つです。

かの女

千の華燈(かとう)よりとおくはなれ、
笑める巷(ちまた)よりとおくはなれ、
露じめる夜のかぐろき空に、
かの女はうたう。

「月汞(げっこう)はなし、
低声(こごえ)誇りし男は死せり。
皮肉によりて瀆(けが)されたりし、
生よ歓喜よ!」かの女はうたう。

鬱悒(うつゆう)のほか訴うるなき、
翁(おきな)よいましかの女を抱け。
自覚なかりしことによりて、

いたましかりし純美の心よ。
かの女よ憔(じ)らせ、狂い、踊れ、
汝(なれ)こそはげに、太陽となる!

孤独を引きずって歩行し
散策し浮浪する詩人の姿が浮かびあがってきますが
そのはじまりに長谷川泰子の影があることを
否定しようにも否定できません。

「春と恋人」(第1次形態)もまたこのころの作品です。

春と恋人
 
美しい扉の親しみに
私が室(へや)で遊んでいると、
私にかまわず実ってた
新しい桃があったのだ……

街の中から見える丘、
丘に建ってたオベリスク、
春には私に桂水くれた
丘に建ってたオベリスク……

蜆(しじみ)や鰯を商う路次の
びしょ濡れの土が歌っている時、
かの女は何処かで笑っていたのだ……

港の春の朝の空で
私がかの女の肩を揺ったら、
真鍮(しんちゅう)の、盥(たらい)のようであったのだ……

以来私は木綿の夜曲?
はでな処には行きたかない……

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱ解題篇より。「新かな」に変え、一部、ルビを加えてあります。編者)

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