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鳥が飛ぶ虫が鳴く・中原中也の詩3「在りし日の歌」から

中原中也の詩に現われる鳥獣虫魚(動物)は
「在りし日の歌」ではどのようであるかを次に見ていきます。
配列順に1行1行を追うだけで
新しい発見に繋(つな)がることもたまにはあります。
 
 
詩人自らが「在りし日の歌」巻末の後記で書いているように
「在りし日の歌」には「山羊の歌」以後に発表したものの過半数が収められています。
 
ということは、「在りし日の歌」の残りの半数近くは
「山羊の歌」以後のものではなく
「山羊の歌」の中の詩篇と同じ時期に作られたものということでもあります。
 
たとえば「月」「春」「夏の夜」などはかなり古くに作られた作品で
これらは大正14年から15年の制作と推定されています。
 
 
「含 羞(はじらい)」
おりしもかなた野のうえは
あすとらかんのあわい縫(ぬ)う 古代の象の夢なりき
 
「青い瞳」
陽(ひ)は霧(きり)に光り、草葉(くさは)の霜(しも)は解け、
遠くの民家に鶏(とり)は鳴いたが、
 
「三歳の記憶」
柿の木いっぽんある中庭は、
土は枇杷(びわ)いろ 蝿(はえ)が唸(な)く。
 
稚厠(おかわ)の上に 抱えられてた、
すると尻から 蛔虫(むし)が下がった。
その蛔虫が、稚厠の浅瀬で動くので
動くので、私は吃驚(びっくり)しちまった。
 
「春」
春は土と草とに新しい汗をかかせる。
その汗を乾かそうと、雲雀(ひばり)は空に隲(あが)る。
 
大きい猫が頸ふりむけてぶきっちょに
一つの鈴をころばしている、
一つの鈴を、ころばして見ている。
 
「幼獣の歌」
黒い夜草深い野にあって、
一匹の獣(けもの)が火消壺(ひけしつぼ)の中で
燧石(ひうちいし)を打って、星を作った。
冬を混ぜる 風が鳴って。
 
獣はもはや、なんにも見なかった。
カスタニェットと月光のほか
目覚ますことなき星を抱いて、
壺の中には冒瀆(ぼうとく)を迎えて。
 
雨後らしく思い出は一塊(いっかい)となって
風と肩を組み、波を打った。
ああ なまめかしい物語――
奴隷(どれい)も王女と美しかれよ。
 
     卵殻(らんかく)もどきの貴公子の微笑と
     遅鈍(ちどん)な子供の白血球とは、
     それな獣を怖がらす。
 
黒い夜草深い野の中で、
一匹の獣の心は燻(くすぶ)る。
黒い夜草深い野の中で――――
太古(むかし)は、独語(どくご)も美しかった!……
 
「冬の日の記憶」
昼、寒い風の中で雀(すずめ)を手にとって愛していた子供が、
夜になって、急に死んだ。
 
雀はどうなったか、誰も知らなかった。
 
「冬の明け方」
残(のこ)んの雪が瓦(かわら)に少なく固く
枯木の小枝が鹿のように睡(ねむ)い、
 
烏(からす)が啼(な)いて通る――
庭の地面も鹿のように睡い。
 
「冬の夜」
かくて夜(よ)は更(ふ)け夜は深まって
犬のみ覚めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいわれないカクテールです
 
「秋の消息」
陽光(ひかり)に廻(めぐ)る花々や
物蔭(ものかげ)に、すずろすだける虫の音(ね)や
 
「秋日狂乱」
ジオゲネスの頃には小鳥くらい啼(な)いたろうが
きょうびは雀(すずめ)も啼いてはおらぬ
 
蝶々はどっちへとんでいったか
今は春でなくて、秋であったか
 
「夏の夜に覚めてみた夢」
グランド繞(めぐ)るポプラ竝木(なみき)は
蒼々(あおあお)として葉をひるがえし
ひときわつづく蝉しぐれ
 
「雲 雀」
ひねもす空で啼(な)きますは
ああ 雲の子だ、雲雀奴(ひばりめ)だ
 
ピーチクチクと啼きますは
ああ 雲の子だ、雲雀奴だ
 
「初夏の夜」
また今年(こんねん)も夏が来て、
夜は、蒸気(じょうき)で出来た白熊が、
沼をわたってやってくる。
 
薄暮の中で舞う蛾(が)の下で
はかなくも可憐な顎をしているのです。
 
「北の海」
海にいるのは、
あれは人魚ではないのです。
 
「閑 寂」
板は冷たい光沢(つや)をもち、
小鳥は庭に啼いている。
 
土は薔薇色(ばらいろ)、空には雲雀(ひばり)
空はきれいな四月です。
 
「お道化うた」
星も降るよなその夜さ一と夜、
虫、草叢(くさむら)にすだく頃、
 
「思い出」
煉瓦工場は音とてもなく
裏の木立で鳥が啼いてた
 
鳥が啼いても煉瓦工場は、
ビクともしないでジッとしていた
鳥が啼いても煉瓦工場の、
窓の硝子は陽をうけていた
 
木立に鳥は、今も啼くけど
煉瓦工場は、朽ちてゆくだけ
 
「残 暑」
畳の上に、寝ころぼう、
蝿はブンブン 唸(うな)ってる
 
覚めたのは 夕方ちかく
まだかなかなは 啼いてたけれど
 
「蜻蛉に寄す」
あんまり晴れてる 秋の空
赤い蜻蛉(とんぼ)が 飛んでいる
 
「ゆきてかえらぬ」
さてその空には銀色に、蜘蛛(くも)の巣が光り輝いていた。
 
「一つのメルヘン」
さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでいてくっきりとした
影を落としているのでした。
やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄(いままで)流れてもいなかった川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れているのでありました……
 
「また来ん春……」
おもえば今年の五月には
おまえを抱いて動物園
象を見せても猫(にゃあ)といい
鳥を見せても猫だった
最後に見せた鹿だけは
角によっぽど惹かれてか
何とも云わず 眺めてた
 
「月の光 その二」
森の中では死んだ子が
蛍のように蹲(しゃが)んでる
 
「春日狂想」
飴売爺々(あめうりじじい)と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒(ま)いて、
 
馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮(はなよめごりょう)。
 
「蛙 声」
天は地を蓋(おお)い、
そして、地には偶々(たまたま)池がある。
その池で今夜一(ひ)と夜(よ)さ蛙は鳴く……
――あれは、何を鳴いてるのであろう?
 
その声は、空より来(きた)り、
空へと去るのであろう?
天は地を蓋い、
そして蛙声(あせい)は水面に走る。
 
よし此(こ)の地方(くに)が湿潤(しつじゅん)に過ぎるとしても、
疲れたる我等(われら)が心のためには、
柱は猶(なお)、余りに乾いたものと感(おも)われ、
 
頭は重く、肩は凝(こ)るのだ。
さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、
その声は水面に走って暗雲(あんうん)に迫る。
 
 
「北の海」の「人魚」をここに載せるのには躊躇(ちゅうちょ)がありましたが
半身が魚ということで入れました。
「サイレン」を入れなかったのと矛盾するようですが
たいした理由はありません。
人魚は普通に「動物のような感じ」もあるかなという親近感で。
死児の亡霊や妖精などは採取しませんでした。
 
 
「幼獣の歌」「蛙声」は全行を載せました。
タイトルに動物を使っているものはほかにもありますが
内容にも詩人の「意味付与」が感じられるからです。
 
 
ややめずらしいものでは
「あすとらかんと象」の出てくる「含 羞(はじらい)」
「蛔虫(むし)」の出てくる「三歳の記憶」。
 
「あすとらかん」はアストラカンで
ロシアのアストラハン地方で産出される子羊の毛皮のことです。
詩人は「羊」には特別の関心をもち
第1詩集のタイトルを「山羊の歌」として
その中に章題「羊の歌」を設け
親友・安原喜弘への献呈詩を「羊の歌」としました。
 
詩人が羊年(ひつじどし)の生まれであり
「神の子羊」や「スケープ・ゴート」を名乗るのが気に入っていたことも知られています。
 
「蛔虫(むし)」というのは回虫のことで
「記憶以前」であるはずの3歳の時の隣家の引っ越しが
寂寥とか恐怖とか入り混じって記憶に残ったことが詩になりました。
回虫を詩のモチーフに使うなんて
めったにお目にかかれません。
 
 
前後の詩句を排除すると
 
あすとらかん
鶏(とり)
蝿(はえ)
蛔虫(むし)
雲雀(ひばり)
獣(けもの)
雀(すずめ)
鹿
烏(からす)
鹿
小鳥
雀(すずめ)
蝶々
雲雀奴(ひばりめ)
白熊
蛾(が)
人魚
小鳥
雲雀(ひばり)
かなかな
蜻蛉(とんぼ)
蜘蛛(くも)
猫(にゃあ)
鹿
馬車
――ということになります。
 
 

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