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「白痴群」前後・片恋の詩3「無題」

ここでまた「無題」に戻りましょう。
 
 
無 題
 
   Ⅰ
 
こい人よ、おまえがやさしくしてくれるのに、
私は強情だ。ゆうべもおまえと別れてのち、
酒をのみ、弱い人に毒づいた。今朝
目が覚めて、おまえのやさしさを思い出しながら
私は私のけがらわしさを歎(なげ)いている。そして
正体もなく、今茲(ここ)に告白をする、恥もなく、
品位もなく、かといって正直さもなく
私は私の幻想に駆られて、狂い廻(まわ)る。
人の気持ちをみようとするようなことはついになく、
こい人よ、おまえがやさしくしてくれるのに
私は頑(かたく)なで、子供のように我儘(わがまま)だった!
目が覚めて、宿酔(ふつかよい)の厭(いと)うべき頭の中で、
戸の外の、寒い朝らしい気配(けはい)を感じながら
私はおまえのやさしさを思い、また毒づいた人を思い出す。
そしてもう、私はなんのことだか分らなく悲しく、
今朝はもはや私がくだらない奴だと、自(みずか)ら信ずる!
 
   Ⅱ
 
彼女の心は真(ま)っ直(すぐ)い!
彼女は荒々しく育ち、
たよりもなく、心を汲(く)んでも
もらえない、乱雑な中に
生きてきたが、彼女の心は
私のより真っ直いそしてぐらつかない。
 
彼女は美しい。わいだめもない世の渦の中に
彼女は賢くつつましく生きている。
あまりにわいだめもない世の渦(うず)のために、
折(おり)に心が弱り、弱々しく躁(さわ)ぎはするが、
而(しか)もなお、最後の品位をなくしはしない
彼女は美しい、そして賢い!
 
甞(かつ)て彼女の魂が、どんなにやさしい心をもとめていたかは!
しかしいまではもう諦めてしまってさえいる。
我利(がり)々々で、幼稚な、獣(けもの)や子供にしか、
彼女は出遇(であ)わなかった。おまけに彼女はそれと識らずに、
唯(ただ)、人という人が、みんなやくざなんだと思っている。
そして少しはいじけている。彼女は可哀想(かわいそう)だ!
 
   Ⅲ
 
かくは悲しく生きん世に、なが心
かたくなにしてあらしめな。
われはわが、したしさにはあらんとねがえば
なが心、かたくなにしてあらしめな。
 
かたくなにしてあるときは、心に眼(まなこ)
魂に、言葉のはたらきあとを絶つ
なごやかにしてあらんとき、人みなは生れしながらの
うまし夢、またそがことわり分ち得ん。
 
おのが心も魂も、忘れはて棄て去りて
悪酔の、狂い心地に美を索(もと)む
わが世のさまのかなしさや、
 
おのが心におのがじし湧(わ)きくるおもいもたずして、
人に勝(まさ)らん心のみいそがわしき
熱を病(や)む風景ばかりかなしきはなし。
 
   Ⅳ
 
私はおまえのことを思っているよ。
いとおしい、なごやかに澄んだ気持の中に、
昼も夜も浸っているよ、
まるで自分を罪人ででもあるように感じて。
 
私はおまえを愛しているよ、精一杯だよ。
いろんなことが考えられもするが、考えられても
それはどうにもならないことだしするから、
私は身を棄ててお前に尽そうと思うよ。
 
またそうすることのほかには、私にはもはや
希望も目的も見出せないのだから
そうすることは、私に幸福なんだ。
 
幸福なんだ、世の煩(わずら)いのすべてを忘れて、
いかなることとも知らないで、私は
おまえに尽(つく)せるんだから幸福だ!
 
   Ⅴ 幸福
 
幸福は厩(うまや)の中にいる
藁(わら)の上に。
幸福は
和(なご)める心には一挙にして分る。
 
  頑(かたく)なの心は、不幸でいらいらして、
  せめてめまぐるしいものや
  数々のものに心を紛(まぎ)らす。
  そして益々(ますます)不幸だ。
 
幸福は、休んでいる
そして明らかになすべきことを
少しづつ持ち、
幸福は、理解に富んでいる。
 
  頑なの心は、理解に欠けて、
  なすべきをしらず、ただ利に走り、
  意気銷沈(いきしょうちん)して、怒りやすく、
  人に嫌われて、自(みずか)らも悲しい。
 
されば人よ、つねにまず従(したが)わんとせよ。
従いて、迎えられんとには非ず、
従うことのみ学びとなるべく、学びて
汝(なんじ)が品格を高め、そが働きの裕(ゆた)かとならんため!
 
(「新編中原中也全集」第1巻・詩1より。「新かな」に改めてあります。編者。)
 
 
長詩です。
大作です。
大きなものは
少し下がって距離を置くと
姿をよくとらえることができます。
 
この詩も一歩引いたところで「眺め」てみると
詩の構造が見え
構造が見えはじめると
詩の内部(心)に誘われていくことになります。
 
 
「無題」の第1節(Ⅰ)は
こい人
おまえ
 
第2節(Ⅱ)は
彼女
 
第3節(Ⅲ)は
われ
 
第4節(Ⅳ)は
おまえ
 
第5節(Ⅴ)は
 
――というように
登場する主格(主体)が変化します。
 
1人称の「私」「われ」「わ」は詩人のことであり
2人称、3人称の「おまえ」「彼女」「な」「汝」は泰子以外でありません。
(「Ⅲ」の「なが心」の「な」を詩人と見る読みもあり得ます。)
 
突き詰めれば
私が泰子へ何ごとかを訴えているという単純な構造の詩です。
節ごとに主格を変えたために
「無題」というタイトルしか出てこなかった詩です。
内容が広大過ぎて
「無題」というタイトルしか付けられなかった詩です。
 
いつかタイトルを付けようと
機会を探していたけれど
ついにそれは浮かんで来なかったという詩です。
 
 
一つ一つの節をじっくり読んでいけば
詩人の訴えに触れることができます。
 
形の上で
一見してほかの節と異なるのが
第5節(最終節)です。
この節だけに「幸福」の題が付いています。
 
 
最終節では
訴える相手(=主格)が「人」と「汝」になっています。
泰子への呼びかけは
いつしか「人」一般への呼びかけになり
「汝」と変化します。
「汝」にまた泰子がかぶさってくる仕掛けです。
 
されば人よ、つねにまず従わんとせよ、と
「こい人」は「彼女」になり
次に「な」になり
次に「おまえ」になり
最後に「人」になり「汝」になり
「人」の頑なな心を解放するように説くことによって
「こい人」の頑なな心へ訴えるのです。

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