中原中也の詩に現われる色の色々7
その1
「早大ノート(1930年―1937年」の次には
「草稿詩篇(1931年―1932年)」が配置されていて
13篇の詩が収められています。
この中の詩に現われる「色」はどんな風でしょうか。
◇
「三毛猫の主の歌える」
むかし、おまえは黒猫だった。
「疲れやつれた美しい顔」
その花は、夜の部屋にみる、三色菫(さんしきすみれ)だ。
「Tableau Triste」
それは、野兎色のランプの光に仄照らされて、
「青木三造」
かすかに青き空慕い
あおにみどりに変化(へんげ)すは
飲んで泡吹きゃ夜空も白い
白い夜空とは、またなんと愉快じゃないか
「脱毛の秋 Etudes」
それは、蒼白いものだった。
僕は一つの藍玉を、時には速く時には遅くと
僕は僕の無色の時間の中に投入される諸現象を、
無色の時間を彩るためには、
まず、褐色の老書記の元気のほか、
瀝青(チャン)色の空があった。
女等はみな、白馬になるとみえた。
僕は褐色の鹿皮の、蝦蟇口(がまぐち)を一つ欲した。
「幻 想」
手套はその時、どんなに蒼ざめているでしょう
「秋になる朝」
ほのしらむ、稲穂にとんぼとびかよい
「お会式の夜」
吐く息は、一年の、その夜頃から白くなる。
「修羅街挽歌 其の二」
暁は、紫の色、
金色の、虹の話や
蒼窮を、語る童児、
◇
「脱毛の秋 Etudes」「幻 想」「修羅街挽歌 其の二」に現われる「色」の一部を除いて
ほとんどは形容詞的な「色」といえるでしょうか。
「脱毛の秋 Etudes」に現われる
無色の時間、とか
褐色の鹿皮の、蝦蟇口(がまぐち)、とかは
単純な叙述の色のようですが、
叙述を超えるものが込められているのでしょうか?
女等はみな、白馬になるとみえた。(「脱毛の秋 Etudes」)や
手套はその時、どんなに蒼ざめているでしょう(「幻 想」
金色の、虹の話や 蒼窮を、語る童児、(「修羅街挽歌 其の二」)には
立ち止まって考えさせるものがあります。
◇
その2
「ノート翻訳詩(1933年)」の翻訳詩とは
中原中也がノートの表紙にそう記していて
中のページには自ら訳した詩14篇を記しているその詩のことです。
全集編集委員会がそのノートを「ノート翻訳詩」と命名ました。
「ノート小年時」と同種のノートが使われています。
このノートの翻訳詩は第3巻「翻訳」に「未発表翻訳詩篇」として収録されるため
「未発表詩篇」のこの「ノート翻訳詩」には
創作詩だけを収録しています。
「ノート翻訳詩」に書かれた創作詩という意味になります。
全部で9篇あり
全作が1933年(昭和8年)の制作(推定)に集中しています。
◇
この9篇の詩に現われる「色」を見てみましょう。
(土を見るがいい)
土は水を含んで黒く
のっかってる石ころだけは夜目にも白く、
風は吹き、黒々と吹き
「小 景」
夕陽を映して銹色をしている。
「Qu'est-ce que c'est?」
黒々と森が彼方にあることも、
◇
9篇のうちの3篇に「色」は現われますが
これといって突出した使い方は見られません。
風は吹き、黒々と吹き―(土を見るがいい)
夕陽を映して銹色―「小 景」
――も、想像の範囲に入ります。
想像することは容易です。
◇
その3
「草稿詩篇(1933年―1936年)」には
65篇の詩が収められていますから
草稿詩篇という分類で詩数が最多です。
ちなみに詩数の多い大分類を見れば
「山羊の歌」は44篇
「在りし日の歌」は58篇
「生前発表詩篇」は40篇
「ノート1924」は51篇
「早大ノート」は42篇などとなっています。
26歳(1933年)から29歳(1936年)までの詩が収録されています。
30歳で亡くなる詩人の未発表詩篇で
「晩年」の詩が通覧できることになります。
◇
それらの詩篇に現われる「色」を見ましょう。
(ああわれは おぼれたるかな)
けなげなる小馬の鼻翼
紫の雲のいろして
(形式整美のかの夢や)
我や白衣の巡礼と
(とにもかくにも春である)
薔薇色の埃りの中に、車室の中に、春は来、睡っている。
「夏過けて、友よ、秋とはなりました」
僕は酒場に出掛けた、青と赤との濁った酒場で、
「いちじくの葉」
葉は、乾いている、ねむげな色をして
空はしずかに音く、
※「音く」は、「青く」「暗く」「沓く」などの誤記と推定されています。
(小川が青く光っているのは)
小川が青く光っているのは、
あれは、空の色を映しているからなんだそうだ。
あの唇黒い老婆に眺めいらるるままに。
レールが青く光っているのは、
あれは、空の色を映して青いんだそうだ。
「朝」
かがやかしい朝よ、
紫の、物々の影よ、
つめたい、朝の空気よ、
灰色の、甍よ、
水色の、空よ、
風よ!
風よ!
水色の、空よ、
灰色の、甍よ、
つめたい、朝の空気よ、
かがやかしい朝
紫の、物々の影よ……
「秋岸清凉居士」
あれはなんとかいう花の紫の莟みであったじゃろ
あれはなんとかいう花の紫の莟か知れず
いつの日か手の掌(ひら)で揉んだ紫の朝顔の花の様に
「悲しい歌」
蝦茶色の憎悪がわあッと跳び出して来る。
みんな貯まっている憎悪のために、
色々な喜劇を演ずるのだ。
※「色々な」には傍点が振られています。
(海は、お天気の日には)
海は、お天気の日には、
金や銀だ。
「星とピエロ」
銀でないものが銀のように光りはせぬ、青光りがするってか
そりゃ青光りもするじゃろう、銀紙じゃから喃(のう)
向きによっては青光りすることもあるじゃ、いや遠いってか
「誘蛾燈詠歌」
それではもう、僕は青とともに心中しましょうわい
くれないだのイエローなどと、こちゃ知らんことだわい
流れ流れつ空をみて赤児の脣(くち)よりなお淡(あわ)く
吹雪は瓦斯の光の色をしておりました
(一本の藁は畦の枯草の間に挟って)
空は青く冷たく青く
玻璃にも似たる冬景であった
◇
ここまでで半分くらいを読みました。
読んだといっても
「色」の記述を拾っただけのことです。
ここにきて
中原中也の「色」の使い方の特徴について
なんらかのことが言えそうな気がしてきましたが
それは「草稿詩篇(1933年―1936年)を全部読んでからにします。
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