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「一筆啓上、長谷川泰子・ばあや様」昭和7年2月19日ほか

昭和7年(1932年)の年明け2番目の手紙は
「80 2月2日 安原喜弘宛 葉書」ですが
後半部は佐規こと長谷川泰子およびその子ども茂樹のことです。
 
 
佐規の子供に会いました 面白いです 酒を飲んでいる真っ際中 奴のことを思いだしたりして、どうも大変甘(あま)いです、今月末は少し余裕がある筈なので、汽車の玩具でも買ってやろうと思います 不備                   さようなら
――と、ここでも余裕ができたことを示します。
 
余裕があるときに
泰子(佐規)を思い出すのか、茂樹を思い出すのでしょうか
 
「84 2月19日 長谷川泰子・ばあや宛 葉書(速達)」は
直接、泰子宛に出した手紙が残りました。
 
 
茂樹の耳のキズには「アエンカオレーフ油」を直ぐに買っておやりなさい。5銭も買えば沢山でしょう。
お湯に這入った時、キズを洗わないよう。
――と、当時、中野に住んでいた泰子への心遣いです。
 
「ばあや」は、茂樹の世話係として泰子が雇っていた女性。
「アエンカオレーフ油」は、詩人が医者の息子だったから知っていたのか
一般によく知られた薬だったのか
皮膚炎などへの塗布剤。
 
2月2日の葉書で「会いました」と記されていますから
この時に茂樹のキズを知ったのでしょう。
 
 
余裕が出てきてやる気に満ちてきた勢いは
詩人を旅へと誘(いざな)います。
帰省のついでなのですが
京都に寄り、尾道にも寄る計画の旅でした。
 
「86 2月29日 葉書」には
僕の京都通過は7日か8日頃になるでしょう。
「87 3月4日 葉書」には
明5日夕刻7時50分頃京都着します
4日朝
「88 3月7日 葉書」には
尾道には寄らないで、今朝こちらに着きました
――などと、楽しげに帰省および京都訪問の輪郭が書かれています。
 
 
みんな安原喜弘へ宛てたものですが
京都での安原との再会は
安原の山口訪問へとつながっていきます。

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