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「白痴群」前後・愛の詩5(かつては私も)

詩人はうなだれます。
 
 
(かつては私も)
 
かつては私も
何にも後悔したことはなかった
まことにたのもしい自尊のある時
人の生命(いのち)は無限であった
 
けれどもいまは何もかも失った
いと苦しい程多量であった
まことの愛が
いまは自ら疑怪(ぎかい)なくらいくるめく夢で
 
偶性と半端と木質の上に
悲しげにボヘミヤンよろしくと
ゆっくりお世辞笑いも出来る
 
愛するがために
悪弁であった昔よいまはどうなったか
忘れるつもりでお酒を飲みにゆき、帰って来てひざに手を置く。
 
 
「処女詩集序」補足として先に1度読みました。
 
この詩が
いわゆる「失恋」を歌った詩であることは
明白です。
 
古今東西、失恋を歌った詩は
無数に存在しますが
いったい詩人という詩人は
失恋を歌ってどうしようとしたのか
なんのためにしたのか
……などと疑問を抱く人は
失恋などと遠い地平に生きていることでしょう。
 
では、失恋の詩は
それを味わっている人にしか読めない
「夫婦喧嘩」みたいなものなのでしょうか?
犬も食わぬ「まずいもの」なのでしょうか?
 
失恋したことのない人は読めないものでしょうか?
 
 
中原中也は
それを「失恋」と呼ぶならば
なんとも多くの失恋の詩を歌いました。
 
それは
長男文也の死後にも歌われました。
 
なぜだろう?
――などと大上段の問いを投げかけても
容易に答えは出てきませんが
一つだけ、ここで思い出しておきたいのは
詩人が書いた小自伝「詩的履歴書」の一節です。
 
その冒頭に
 
大正4年の初め頃だったか終頃だったか兎も角寒い朝、その年の正月に亡くなった弟を歌ったの
が抑々(そもそも)の最初である。
 
――と「ものを書く」きっかけを述べているくだりがあります。
 
弟・亜郎の死を悲しんで
詩人は生れて初めて「詩」を書いたことを述べているのです。
 
失われていくもの(こと)から
詩人は大きな悲しみや空しさを受け取ったという
「原体験」がここにあります。
 
 
回りくどい説明を今やっている時間がないので
ズバリ結論的なことを言ってしまえば
失恋によって「失ったもの」は
「人」を失うこと=死に接することと通じている
――ということではないか。
 
「恋」を失うことも
「青春」を失うことも
「人」を失うこと(=人の死に会うこと)も
突き詰めると似ているものではないか。
 
 
「憔悴」という作品を
ここで思い出します。
第2連だけに目を通しておきますと、
 
  Ⅱ
 
昔 私は思っていたものだった
恋愛詩なぞ愚劣(ぐれつ)なものだと
今私は恋愛詩を詠(よ)み
甲斐(かい)あることに思うのだ
 
だがまだ今でもともすると
恋愛詩よりもましな詩境にはいりたい
 
その心が間違っているかいないか知らないが
とにかくそういう心が残っており
 
それは時々私をいらだて
とんだ希望を起(おこ)させる
 
昔私は思っていたものだった
恋愛詩なぞ愚劣なものだと
 
けれどもいまでは恋愛を
ゆめみるほかに能がない
 
――という展開になっています。
 
 
この詩が「山羊の歌」全5章の
最終章「羊の歌」に配置された3篇の詩の一つです。
 
「憔悴」は
「羊の歌」と「いのちの声」にはさまれて
配置されたメッセージ詩の一つであることを
思い出してください。

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