ツイッター

  • 中原中也(bot)
    (詩の全文が読めるリンク付)
  • 「中原中也」に関するツイート

末黒野

中原中也全詩集

  • おすすめ本

広告

中原中也詩集

  • おすすめ本

« ラフォルグ<7>上田敏「牧羊神」から | トップページ | ラフォルグ<9>月とピエロの詩人 »

ラフォルグ<8>上田敏「牧羊神」から・続

矢野峰人による
「牧羊神」の解説中の
上田敏訳のヴェルハーレン「悲哀」の引用は、
 
 権衡を知らずゆくりなき冒険を喜び、雑駁を嗜む趣味があるに於て、ラフォルグはコルビエルと旗幟を同うすれど、たゞ、しかく狂暴の乱なし。天性やや巫蠱の俤あれど思想の深遠なるを珍とす。心を独逸の理想説に浸してカント、フィヒテの遵勁荘厳なる学説を味へり。詩風やや蕪雑にして彫鏤の痕なく所謂一気呵成の趣あるが為めに哲学のこちたき術語を詩歌に挿みて甚しく人耳を聳動せざりしこそ騒客群中独特の長なりけれ。之を要するに彼は終に療す可からず。心くねり情倦じたる一介の驕児にして悲哀を視ること諧謔の如く、之を掌上に翻弄して得得たり。
 コルビエル、ラフォルグに於て、精神の擾乱は怡然たる穉気と共に並びぬ。抑ふべからざる仏蘭西気質は、破壁に匂ふ野花の如く形美しく色艶に香たとへなし。
 
で終わり、
トリスタン・コルビエルと
ジュル・ラフォルグの項に代えられます。
 
漢籍の素養がなければ
文学の創造に関わることが難しく
鑑賞することさえできるものではなく
漢語漢文まじり文語荘重体で
西欧・英米の文化文芸の動向なども
案内されるのが普通だった時代の
手本のような記述ですが
時の文学青年や学生や読書家や研究者さえもが
このような文章を貪るように読んでいたのでしょうか。
 
という問いは
中原中也も
このような文章と
日常的に接触していたのでしょうか
と問い返すことにつながってゆきます。
 
2011年現在、
「上田敏全訳詩集」は
矢野峰人と山内義雄の共同編集になっていますが
「牧羊神」に付されていた解説は削除され
新たに
昭和37年(1962年)10月の日付入りで
両人の連名による解説が掲出されています
 
その、ラフォルグの項は
簡約化され
 
ジュル・ラフォルグ(Jules Laforgue,1860-1887) 近代フランス詩界に於ける「自由詩」創始者の一人。(彼をしてその「創始者」と為(な)す人があるが、問題はまだそこまでは解決されていないので、一応の注意が必要だろ)。その詩に横溢(おういつ)するアイロニイは、特に英米近代詩人の共鳴を買い、その結果、現代にいたって大に珍重されることとなった。
 
と変更され
代わりに
訳出された7作品の初出を明らかにしています。
 
コルビエルと
ひとまとめになったような旧解説以後
研究が進んだための変更のようです。
 
この「上田敏全訳詩集」で特筆されるべきいくつかの事柄は
新たな解説の中に
記されていますが
中原中也に関わる最大のニュースは
ランボオの「酔ひどれ船」の訳出が
未定稿ながら収録されたことにあります。
 
(つづく)
 
 
 *
月光
          ジュル・ラフォルグ
 
とてもあの星には住まへないよ思ふと、
まるで鳩尾(みづおち)でも、どやされたやうだ。
 
ああ月は美しいな、あのしんとした中空(なかぞら)を
夏八月(なつはちぐわつ)の良夜(あたらよ)に乗(の)つきつて。
 
帆柱(ほばしら)なんぞはうつちやつて、ふらりふらりと
転(こ)けてゆく、雲のまつ黒(くろ)けの崖下(がけした)を。
 
ああ往(い)つてみたいな、無暗(むやみ)に往(い)つてみたいな、
尊(たふと)いあすこの水盤(すいばん)へ乗(の)つてみたなら嘸(さぞ)よからう。
 
お月(つき)さまは盲(めくら)だ、険難至極(けんのんしごく)な燈台だ。
哀れなる哉(かな)、イカルスが幾人(いくたり)も来ておつこちる。
 
自殺者の眼のやうに、死(あが)つてござるお月様、
吾等疲労者大会の議長の席につきたまへ。
 
冷たい頭脳で遠慮無く散々(さんざん)貶(けな)して貰(もら)ひませう、
とても癒(なほ)らぬ官僚主義で、つるつる禿(は)げた凡骨(ぼんこつ)を。
 
これが最後の睡眠剤か、どれひとつその丸薬(ぐわんやく)を
どうか世間の石頭(いしあたま)へも頒(わ)けて呑(の)ませてやりたいものだ。
 
どりや袍(うわぎ)を甲斐甲斐(かひがひ)しくも、きりりと羽織(はお)つたお月さま、
愛の冷えきつた世でござる、何卒(なにとぞ)箙(えびら)の矢をとつて、
 
よつぴき引いて、ひようと放(う)ち、この世の住まふ翅無(はねなし)の
人間どもの心中(しんちゅう9に情(なさけ)の種(たね)を植えたまへ。
 
大洪水(だいこうずい)に洗はれて、さっぱりとしたお月さま、
解熱(げねつ)の効(かう)あるその光、今夜(こんや)ここへもさして来て、
 
寝台(ねだい)に一杯(いつぱい)漲(みなぎ)れよ、さるほどに小生も
この浮世から手を洗ふべく候(さふらふ)。
 
(岩波文庫「上田敏全訳詩集」より)※新漢字を使用しています(編者)
 
 
 
 
 
 
 
 

« ラフォルグ<7>上田敏「牧羊神」から | トップページ | ラフォルグ<9>月とピエロの詩人 »

スポンサードリンク

「山羊の歌」〜羊の歌

未発表詩篇〜ダダ手帖(1923年〜1924年)

おすすめ本

中原中也の手紙から

中原中也の手紙

ランボー詩集

  • おすすめ本

中原中也が訳したランボー(はじめに)

ランボー詩集〜附録

ランボー詩集〜後記

ランボー〜ノート翻訳詩

ランボー〜翻訳草稿詩篇

ランボー