ツイッター

  • 中原中也(bot)
    (詩の全文が読めるリンク付)
  • 「中原中也」に関するツイート

末黒野

中原中也全詩集

  • おすすめ本

広告

中原中也詩集

  • おすすめ本

« 生きているうちに読んでおきたい名作たち11・「永訣の秋」女のわかれ2・「或る男の肖像」 | トップページ | 生きているうちに読んでおきたい名作たち13・「永訣の秋」存在のわかれ・「村の時計」 »

生きているうちに読んでおきたい名作たち12・「永訣の秋」女のわかれ補足篇・「或る男の肖像」の原形「或る夜の幻想」

その1

実は「或る男の肖像」には
元になった詩があります。
その詩は「或る夜の幻想」のタイトルで
「四季」の昭和12年(1937年)3月号に発表された短詩の連作詩でした。

「或る夜の幻想」ははじめ
1 彼女の部屋
2 村の時計
3 彼女
4 或る男の肖像
5 無題――幻滅は鋼《はがね》のいろ。
6 壁

――という6部仕立ての連詩だったのです。

「在りし日の歌」の編集過程で
このうちの「2」が「村の時計」として
「4」「5」「6」が「或る男の肖像」として
「永訣の秋」の中に収録されました。

元の詩の一部でありながら
独立した詩として仕立てたのが
「或る男の肖像」であり
「村の時計」です。

元の詩「或る夜の幻想」を読んでおきましょう。

或る夜の幻想
 
   1 彼女の部屋

彼女には
美しい洋服箪笥があつた
その箪笥は
かわたれどきの色をしてゐた

彼女には
書物や
其の他色々のものもあつた
が、どれもその箪笥に比べては美しくもなかつたので
彼女の部屋には箪笥だけがあつた

  それで洋服箪笥の中は
  本でいつぱいだつた

   2 村の時計
 
村の大きな時計は、
ひねもす働いてゐた

その字板《じいた)のペンキは
もう艶が消えてゐた

近寄つて見ると、
小さなひびが沢山にあるのだつた

それで夕陽が当つてさへか、
おとなしい色をしてゐた

時を打つ前には、
ぜいぜいと鳴つた

字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか
僕にも誰にも分らなかつた

   3 彼女

野原の一隅には杉林があつた。
なかの一本がわけても聳えてゐた。

或る日彼女はそれにのぼつた。
下りて来るのは大変なことだつた。

それでも彼女は、媚態を棄てなかつた。
一つ一つの挙動は、まことみごとなうねりであつた。

  夢の中で、彼女の臍《おへそ》は、
  背中にあつた。
  
   4 或る男の肖像

洋行帰りのその洒落者は、
齢をとつても髪に緑のポマードをつけてゐた。

夜毎喫茶店にあらはれて、
其処の主人と話してゐる様はあはれげであつた。

死んだと聞いては、
いつそうあはれであつた。

   5 無題
    ――幻滅は鋼《はがね》のいろ。

髪毛《かみげ》の艶《つや》と、ランプの金《きん》との夕まぐれ
庭に向つて、開け放たれた戸口から、
彼は戸外に出て行つた。

剃りたての、頚条《うなじ》も手頸《てくび》も
どこもかしこもそはそはと、
寒かつた。

開け放たれた戸口から
悔恨は、風と一緒に容赦なく
吹込んでゐた。

読書も、しむみりした恋も、
暖かいお茶も黄昏《たそがれ》の空とともに
風とともにもう其処にはなかつた。

   6 壁

彼女は
壁の中へ這入つてしまつた。
それで彼は独り、
部屋で卓子《テーブル》を拭いてゐた。

 

その2

6部仕立ての連詩「或る夜の幻想」の
4 或る男の肖像
5 無題――幻滅は鋼《はがね》のいろ。
6 壁
――を独立させた詩が「或る男の肖像」でした。

「或る夜の幻想」の中では
4、5、6のつながりが緊密で独立させるのが容易だったからでしょうか。

独立した詩として成立すると詩人が判断したからには
この詩は原形詩「或る夜の幻想」とは
別個の世界として読めなくてはなりません。

詩人はそれでも読めると見なし
発表したのですから
原形詩から離れて読んでみることに無理はないはずです。

もし原形詩がなんらかの役に立つならば
それはヒントになるくらいのことでしょう。
ヒントにとどめるのがベターでしょう。

その意味で「或る夜の幻想」を読んでみれば。
「彼女」を主格にした部分が
否応もなく目立つことに気づきます。

1 彼女の部屋
3 彼女
6 壁
――が「彼女」に関しての詩です。

よく見れば
そのほかの部分は「彼」に関する詩であることも見えてきます。

「彼女」を歌った部分で
「或る男の肖像」に入っていない「1 彼女の部屋」と「3 彼女」を読んでみましょう。

するとどちらもダダかシュールか象徴表現か
観念でとらえようとしてもとらえられない
謎の世界に迷い込みます。

「1 彼女の部屋」は
「洋服箪笥の中は本でいっぱいだった」というのですから
彼女は衣装よりも書物を好んだというような意味でよいとしても
「3 彼女」はお手上げになりそうなところですが――。

野原の一隅には杉林があった。
なかの一本がわけても聳えていた。
或る日彼女はそれにのぼった。
下りて来るのは大変なことだった。

 

――この中の「杉林」をフロイド流に読んでみれば
意外にあっさりと「男」を意味していそうなことが分かります。

その3

「杉林」が「男」のシンボリックな表現であるとすれば

野原の一隅には杉林があった。
なかの一本がわけても聳えていた。

或る日彼女はそれにのぼった。
下りて来るのは大変なことだった。

それでも彼女は、媚態を棄てなかった。
一つ一つの挙動は、まことみごとなうねりであった。

  夢の中で、彼女の臍《おへそ》は、
  背中にあった。

――は、「彼女」の「男の経験」が描かれているらしいことが見えてきます。

そうとなればその経験とは
長谷川泰子が小林秀雄と暮らしはじめ
やがてその暮らしが破綻(はたん)して後も
女優への道を追い続けた生きざまがすぐに浮かんできます。

中原中也は長谷川泰子と小林秀雄との「奇怪な三角関係」の当事者なのですが
泰子の生きざまを「或る夜の幻想」で振り返ったのです。
それを「四季」に発表しましたが
丸ごとを「在りし日の歌」には収録しませんでした。

「或る夜の幻想」の
1 彼女の部屋
3 彼女
――の収録を憚(はばか)ったのはそれなりの理由があるはずで
それは「奇怪な三角関係」を
ここにきて露出するまでもないと考えたからでありますが
「永訣の秋」のほかの詩との統一性を考えたときに
詩そのものの完成度に不満があったためでしょう。

特に「3 彼女」の最終連
  夢の中で、彼女の臍《おへそ》は、
  背中にあった。
――は鮮烈なイメージばかりはありますが
もう一つ通じにくく
一人よがりであることを詩人自ら判定したからでしょう。

これをもフロイドを援用して読むことができないわけではありませんが
詩人はそういう詩を選びたくはなかったに違いありません。

こうして「或る夜の幻想」から
「或る男の肖像」が取り出されました。

結果は、贅肉のない
断片が生み出すリアリティーみたいなものが残って
想像力を駆り立てる名作になりました。

 

「或る男の肖像」と
同じような経緯で生まれたのが
「村の時計」です。

 

 

« 生きているうちに読んでおきたい名作たち11・「永訣の秋」女のわかれ2・「或る男の肖像」 | トップページ | 生きているうちに読んでおきたい名作たち13・「永訣の秋」存在のわかれ・「村の時計」 »

スポンサードリンク

「山羊の歌」〜羊の歌

未発表詩篇〜ダダ手帖(1923年〜1924年)

おすすめ本

中原中也の手紙から

中原中也の手紙

ランボー詩集

  • おすすめ本

中原中也が訳したランボー(はじめに)

ランボー詩集〜附録

ランボー詩集〜後記

ランボー〜ノート翻訳詩

ランボー〜翻訳草稿詩篇

ランボー