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「一筆啓上、安原喜弘様」昭和9年9月10日、18日

2週間後、詩人はまだ山口にいます。
 
詩集「山羊の歌」の出版交渉は
安原によって続けられていました。
 
安原は
「現代唯物論の諸問題」とか「ツルゲーネフ全集」とかいった
硬派な出版物を手がける隆章閣の仕事にこの頃携わりはじめた関係で
「山羊の歌」の出版をこの出版社に持ちかけようとしていました。
 
交渉にあたって
詩人に幾つかの条件などを確認した安原への
返信の一つが「手紙79 9月10日 (封書)」(新全集は「147」)です。
 
 
 お手紙拝見しました。詩集のこと、出していただければ結構です 条件といっても別にありませんが、紙型だけを先ず出すということにして、猶200部限定ということは、刷り込むなり広告に書入れるなりして、分らせた方が何かと当今よいのだそうですから左様したいと思っております 其の他のことは、小生が当地にて独り考えたところで、何の決るものでもありませんので、万事御考えの通りに御取捗い下さいませんか。取敢えず御返事まで。
                               中也
 9月10日
安原喜弘様
       気候の変り目はなんとなくあわただしく、それでもまた希望も湧くようなものにて、それにしても日々は
       退屈、今日から近くの競馬など見にゆきます
 
 
安原は、この「手紙79 9月10日 (封書)」へコメントを加えず
続けて届いた「手紙80 9月18日 (封書)」(新全集は「151」)を並べて掲示した後
 
詩集「山羊の歌」はあと製本装幀丈けをすればよいのだが、依然としてそれの引受手がないのだ。この夏私は隆章閣という出版社で仕事をすることになっていたので、そこの人に頼んでみた。
――と記しました。
 
 
「手紙80」をじっくり読んでみましょう。
 
現れたイメージに沿って
発行部数が変化したり
自費出版の案へ戻ったり
普通の出版(商業出版)のイメージと勘定のかねあいが
2人の間でやりとりされます。
 
「詩集」は、目の前にあります。
しかし、すぐにまた雲隠れするかのような「朧(おぼろ)」状態……。
 
よく読むと
詩人が「よいもの」を作ろうとする気持ちは固く
中でも「装幀」の質へのこだわりは
本文印刷を終了したところで表紙印刷以下製本(装幀)の交渉がまとまらず
紙型を安原の住まいへ引き上げた
2年前と変わりません。
 
「表紙」のイメージは
詩人の中でブレることがなく
「かなり金のかかったものにしたい」と安原に念押ししています。
 
 
拝復 変わりがないどころか大いに退屈しているのですが、どうも「無」の演説をする手前退屈を喞(かこ)ってもいられないみたいです
 
御手紙拝見しました 大変よく分りました 隆章閣では余りイワユル凝った出版にしたくないようですが、もしそれなら僕とて普通に、まず500部なりの出版にしてもいいと思います 
 
もともと自費出版しようと思っていたことですし、それならイワユル当今流行の少部数にしてムッチリと構えるより仕方もあるまいとて200部としたことですし、それをそのまま隆章閣に引受(ひきつ)いで貰うような気分でしたから200部ということで固守しようとしたのでしたが、隆章閣で普通の出版にして、勘定の合うように、適当な部数を出して貰えれば幸甚に思います 定価も、3円でも3円50銭でも僕には分りませんから 適当にやって貰いたいと思います 
 
ただ紙が、あれと同しのがあるかどうかよく分りませんが、あればなるべくあれと同様のものにしていただきたいつもりです それでもし引受けてもらえれば結構です
 
装幀はやはり、50銭くらいかける方が、普通な出版とするとしても、当今装幀の悪い詩集は売れないことに相場がきまっているようですから、可なり金のかかったものにしたいと思います
 
勿論500部にしたって何百部にしたって、限定の文字は入れておく方がよいかと思います(例えばゴーゴリ全集は1000部限定です)
 
猶自費の形にして200部で出すとも結構です が大概なら普通の出版みたいにしてすっかり隆章閣で出して貰える方がいいと思います
 
大層お手数かけてすみません 出産がすみ次第なるべく早く今月末か来月初めには上京しようと思っておりますが、出たって余り足しにもなりませんので、ウカウカと出しゃばることはよそうと思っておりますから、何分宜敷お願いしなければなりません
 
いっそはじめから、編集しかえて、菊判で12ポを使って出そうかとも思ってみますが、万事お考えの通りに、お願します
 
御存知かと思いますが、二ちゃんが夫婦別れをしたそうです 別に後口のわるいような仕儀にもなっておらず、妻君の方も余り気の毒な風ではないようです
 
右とりあえず御返事迄 其の内上京面談の上              怱々
 
   9月18日                          中也
   安原喜弘様
        二伸、箱はコーゾか何かを使えば安くて、却って西洋紙よりはいいかと思います、
 
 
2人の間のやりとりは
次の「手紙81 9月21日 (封書)」(新全集は「152」)も続きます。
 
隆章閣での交渉が相当煮詰まったところまで
運ばれた様子ですが……。
 

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