びっくりした奴等
炎のみゆる気孔の前に、
奴等車座(くるまざ)
跪(ひざま)づき、五人の小童(こわっぱ)――あなあわれ!――
ジッと見ている、麺麭(パン)屋が焼くのを
ふっくらとした金褐の麺麭、
奴等見ているその白い頑丈な腕が
粘粉(ねりこ)でつちて窯(かま)に入れるを
燃ゆる窯の穴の中。
奴等聴くのだいい麺麭の焼ける音。
ニタニタ顔の麺麭屋殿には
古い節(ふし)なぞ唸ってる。
奴等まるまり、身動きもせぬ、
真ツ赤な気孔の息吹(いぶき)の前に
胸かと熱い息吹の前に。
メディオノーシュに、
ブリオーシュにして
麺麭を売り出すその時に、
煤けた大きい梁の下にて、
蟋蟀(こおろぎ)と、出来たての
麺麭の皮とが唄(うた)う時、
窯の息吹ぞ命を煽り、
襤褸(ぼろ)の下にて奴等の心は
うっとりするのだ、此の上もなく、
奴等今更生甲斐感じる、
氷花に充ちた哀れな基督(エス)たち、
どいつもこいつも
窯の格子に、鼻面(はなづら)くっつけ、
中に見えてる色んなものに
ぶつくさつぶやく、
なんと阿呆らし奴等は祈る
霽(は)れたる空の光の方へ
ひどく体(からだ)を捩じ枉(ま)げて
それで奴等の股引は裂け
それで奴等の肌襦絆
冬の風にはふるうのだ。
注)メディオノーシュ:断肉日の最終日にとる食事。
ブリオーシュ:パンケーキの一種。
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ひとくちメモ
中原中也訳「ランボオ詩集」を
読み進めます。
3番目は「びつくりした奴等」Les Effarésです。
この詩を読みはじめて
冒頭
雪の中、濃霧の中の黒ン坊か
炎のみゆる気孔の前に、
奴等車座(くるまざ)
――の情景を頭の中に描こうとすると
不思議な像が結ばれて
それはなんとも立体的な像というほかになく
どこかで見たことがあるような、ないような
幻想的なような
写実的でもあるような……
いや、この光景は
ランボーがパリの下町で実際に目撃したか
ロマン主義小説の一シーンのデフォルメか
想像の産物ではない、などと
イメージはとめどもなく広がっていきます。
リアリズムも
シュールリアリズムも
どちらでもあるような
ランボーの詩のかけらがここにありますが
第2連へ入って
五人の小童(こわつぱ)
ジツと見てゐる、
麺麭屋が焼くのを
ふつくらとした金褐の麺麭、
――と、カメラがクローズアップして
くっきりととらえるかの映像は
パン屋が金褐色のパンを焼き上げる仕事を
じっと見つめている黒人少年たちの
車座であることが見えてきます。
5人の少年
雪の中
濃霧の中
車座(くるまざ)で
白い頑丈な腕
釜の中は
パチパチ跳ねる火の粉
ニコニコじゃなくて
ニタニタ顔というところが
中原中也の工夫か
奇怪(きっかい)なる人間!
パン屋どのは鼻歌まじりで
パンの焼ける音に耳を澄ましている
少年たちは
寒さに震えているのだろうけれど
そうは描かないランボー
丸まり、身動きしないで
まっ赤に燃える釜の穴の
熱そうな息を見ているだけだ
メディオノーシュのできあがり!
ブリオーシュもできあがり!
威勢よくパンが店頭に並べられる
釜の上のほうの
煤で黒ずんだ梁から
コオロギの鳴き声が聞える
できあがり!の声とともに
パンのふっくらとした皮も歌っているよう……
この時だ
釜の息吹きが乗り移ったか
ボロボロの服の中にある
少年たちの心は
うっとり、天にも昇る気持ちになる
生きている、と少年たちは今更に感じる
氷の花のような
あわれな神の子、イエスたち
どいつもこいつも
窓の外から
釜の格子に鼻面押しつけて
パン工場の中の
色んなものを見つけては
ぶつくさぶつくさ呟いている
なんとアホらしいこと
奴らは祈る
真っ青に晴れわたった朝の空へ
目一杯伸びをして
それで
奴らの股引は破け
奴らの下着は
木枯らしの中で震えているのだ
◇
うち捨てられた子どもたち
それも
どうやら移民の子たちらしい
中原中也も
それを見逃さないのです。
ユーゴーやゴヤの影響が
言われているらしい作品です。
パリコンミューン前後の
「階級的な」眼差しが感じられても
自然な流れです。
無理なことではありません。
*
びつくりした奴等
雪の中、濃霧の中の黒ン坊か
炎のみゆる気孔の前に、
奴等車座(くるまざ)
跪づき、五人の小童(こわつぱ)――あなあはれ!――
ジツと見てゐる、麺麭屋が焼くのを
ふつくらとした金褐の麺麭、
奴等見てゐるその白い頑丈な腕が
粘粉(ねりこ)でつちて窯に入れるを
燃ゆる窯の穴の中。
奴等聴くのだいい麺麭の焼ける音。
ニタニタ顔の麺麭屋殿には
古い節(ふし)なぞ唸つてる。
奴等まるまり、身動きもせぬ、
真ツ赤な気孔の息吹(いぶき)の前に
胸かと熱い息吹の前に。
メディオノーシュ(1)に、
ブリオーシュ(2)にして
麺麭を売り出すその時に、
煤けた大きい梁の下にて、
蟋蟀と、出来たての
麺麭の皮とが唄ふ時、
窯の息吹ぞ命を煽り、
襤褸の下にて奴等の心は
うつとりするのだ、此の上もなく、
奴等今更生甲斐感じる、
氷花に充ちた哀れな基督(エス)たち、
どいつもこいつも
窯の格子に、鼻面(はなづら)くつつけ、
中に見えてる色んなものに
ぶつくさつぶやく、
なんと阿呆らし奴等は祈る
霽れたる空の光の方へ
ひどく体(からだ)を捩じ枉げて
それで奴等の股引は裂け
それで奴等の肌襦絆
冬の風にはふるふのだ。
註(1)断肉日の最終日にとる食事。
(2)パンケーキの一種。
(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。