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中原中也の詩に出てくる「人名・地名」26(まとめ)

思いつきで
中原中也の詩に現われる「地名・人名」についてコメントしてきました。
飛ばしてしまったり
簡単に済ませてしまったものがあることをご容赦願います。
 
詩の中に現われない場所(地名)や人名は
ほかに数え切れないほどあったに違いありませんが
詩人が、詩の要請から固有名を詩語にしたのには
特別の愛(着)があったからであろうことが推測されます。
 
 
読み返してみて
【安原喜弘】を【青木三造】に焦点を当て過ぎた案内になっていることに気づきました。
 
【安原喜弘】は「山羊の歌」の最終章「羊の歌」の冒頭詩「羊の歌」が献呈されている親友です。
「白痴群」が廃刊し同人たちが詩人から離反していった後にも
詩人の最も近くにあって第1詩集「山羊の歌」の出版をサポートしたことはよく知られています。
 
最終章「羊の歌」の前にある章「秋」に「修羅街輓歌」があり
こちらは【関口隆克】への献呈詩ですが
「山羊の歌」の最終部に安原喜弘と関口隆克への献呈詩があることには
大きな意味があるようなので
最後にそのことにふれておきましょう。
 
 
「山羊の歌」にある献呈詩の相手は
河上徹太郎「ためいき」
内海誓一郎「更くる夜」
阿部六郎「つみびとの歌」
関口隆克「修羅街輓歌」
安原喜弘「羊の歌」
――といううちわけですが
終わりの二人は「特別な中でも特別な友人」ということがわかってきました。
 
それを紹介する前に
この献呈詩2作を読んでおきます。
 
 
修羅街輓歌
       関口隆克に
 
   序 歌
 
忌(いま)わしい憶(おも)い出よ、
去れ! そしてむかしの
憐(あわれ)みの感情と
ゆたかな心よ、
返って来い!
 
  今日は日曜日
  椽側(えんがわ)には陽が当る。
  ――もういっぺん母親に連れられて
  祭の日には風船玉が買ってもらいたい、
  空は青く、すべてのものはまぶしくかがやかしかった……
 
     忌わしい憶い出よ、
     去れ!
        去れ去れ!
 
   Ⅱ 酔 生(すいせい)
 
私の青春も過ぎた、
――この寒い明け方の鶏鳴(けいめい)よ!
私の青春も過ぎた。
 
ほんに前後もみないで生きて来た……
私はあんまり陽気にすぎた?
――無邪気な戦士、私の心よ!
 
それにしても私は憎む、
対外意識にだけ生きる人々を。
――パラドクサルな人生よ。
 
いま茲(ここ)に傷つきはてて、
――この寒い明け方の鶏鳴よ!
おお、霜にしみらの鶏鳴よ……
 
   Ⅲ 独 語(どくご)
 
器(うつわ)の中の水が揺れないように、
器を持ち運ぶことは大切なのだ。
そうでさえあるならば
モーションは大きい程いい。
 
しかしそうするために、
もはや工夫を凝(こ)らす余地もないなら……
心よ、
謙抑(けんよく)にして神恵(しんけい)を待てよ。
 
   Ⅳ
 
いといと淡き今日の日は
雨蕭々(しょうしょう)と降り洒(そそ)ぎ
水より淡き空気にて
林の香りすなりけり。
 
げに秋深き今日の日は
石の響きの如(ごと)くなり。
思い出だにもあらぬがに
まして夢などあるべきか。
 
まことや我(われ)は石のごと
影の如くは生きてきぬ……
呼ばんとするに言葉なく
空の如くははてもなし。
 
それよかなしきわが心
いわれもなくて拳(こぶし)する
誰をか責むることかある?
せつなきことのかぎりなり。
 
 
羊の歌
        安原喜弘に
 
   Ⅰ 祈 り
 
死の時には私が仰向(あおむ)かんことを!
この小さな顎(あご)が、小さい上にも小さくならんことを!
それよ、私は私が感じ得なかったことのために、
罰されて、死は来たるものと思うゆえ。
 
ああ、その時私の仰向かんことを!
せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!
 
   Ⅱ
 
思惑(おもわく)よ、汝(なんじ) 古く暗き気体よ、
わが裡(うち)より去れよかし!
われはや単純と静けき呟(つぶや)きと、
とまれ、清楚(せいそ)のほかを希(ねが)わず。
 
交際よ、汝陰鬱(いんうつ)なる汚濁(おじょく)の許容よ、
更(あらた)めてわれを目覚ますことなかれ!
 
われはや孤寂(こじゃく)に耐えんとす、
わが腕は既(すで)に無用の有(もの)に似たり。
 
汝、疑いとともに見開く眼(まなこ)よ
見開きたるままに暫(しば)しは動かぬ眼よ、
ああ、己(おのれ)の外(ほか)をあまりに信ずる心よ、
 
それよ思惑、汝 古く暗き空気よ、
わが裡より去れよかし去れよかし!
われはや、貧しきわが夢のほかに興(きょう)ぜず
 
   Ⅲ
 
     我が生は恐ろしい嵐のようであった、
     其処此処に時々陽の光も落ちたとはいえ。
                    ボードレール
 
九歳の子供がありました
女の子供でありました
世界の空気が、彼女の有であるように
またそれは、凭(よ)っかかられるもののように
彼女は頸(くび)をかしげるのでした
私と話している時に。
 
私は炬燵(こたつ)にあたっていました
彼女は畳に坐っていました
冬の日の、珍(めずら)しくよい天気の午前
私の室には、陽がいっぱいでした
彼女が頸かしげると
彼女の耳朶(みみのは)陽に透(す)きました。
 
私を信頼しきって、安心しきって
かの女の心は密柑(みかん)の色に
そのやさしさは氾濫(はんらん)するなく、かといって
鹿のように縮かむこともありませんでした
私はすべての用件を忘れ
この時ばかりはゆるやかに時間を熟読翫味(じゅくどくがんみ)しました。
 
   Ⅳ
 
さるにても、もろに佗(わび)しいわが心
夜(よ)な夜なは、下宿の室(へや)に独りいて
思いなき、思いを思う 単調の
つまし心の連弾(れんだん)よ……
 
汽車の笛(ふえ)聞こえもくれば
旅おもい、幼(おさな)き日をばおもうなり
いなよいなよ、幼き日をも旅をも思わず
旅とみえ、幼き日とみゆものをのみ……
 
思いなき、おもいを思うわが胸は
閉(と)ざされて、醺生(かびは)ゆる手匣(てばこ)にこそはさも似たれ
しらけたる脣(くち)、乾きし頬(ほお)
酷薄(こくはく)の、これな寂莫(しじま)にほとぶなり……
 
これやこの、慣れしばかりに耐えもする
さびしさこそはせつなけれ、みずからは
それともしらず、ことように、たまさかに
ながる涙は、人恋(ひとこ)うる涙のそれにもはやあらず……

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