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「白痴群」前後・片恋の詩10「夏」

「夏」ははじめ
「白痴群」第3号(昭和4年9月発行)に
「詩二篇」として「木蔭」とともに発表されました。
 
「ノート小年時」の空きページに清書された詩群の一つですが(第1次形態)
「白痴群」に発表され(第2次形態)
「山羊の歌」にも「少年時」に収録され(第3次形態)
誰もが知る名高い詩となりました。
 
 
「夏」も
歌い出しにガーンとやられるような詩です。
 
血を吐くような 倦(もの)うさ、たゆたさ
――の1行の先例を見ない「ストレートさ」。
 
中也がこの詩を朗読したのを
耳で聞いた人は幸いなるかな! です。
 
草野心平が中也の死を悼んで書いた文は
そのあたりを訴えていて痛烈です。
 
 
中原の詩は見事に失敗した。彼の独自なよみ方があんまり明瞭にはいっていて、それがいけなかった。彼のよみ方でない自分のよみ方でいこうと心がけたが、よんでる途中でもうこれは中原でなければ駄目だなと思ったりしてすっかりふさいでしまい、よんでる自分がいかにも阿呆くさくなってしまったのであった。
(「新かな」に変えてあります。編者。)
 
 
「文学界」の「中原中也追悼号」(昭和12年12月)に
「中原中也」の題で草野心平はこう記しました。
 
JOAK(NHK東京)第2放送(ラジオ)の「詩の朗読と解説」という番組で
草野が「夏」を朗読した時のことを
追悼文の中で振り返ったのLです。
 
この朗読を聞いていた島木健作は
私は息苦しいほどのせつなさを心に圧されたのであった。
――と同じ「文学界」追悼号で書きました。
 
「サーカス」の朗読で有名ですが
「夏」の「迫力」は
想像しただけで「聞いたみたい」と思わせるものがあります。
 
 
畑に太陽は照り、麦に太陽は照る
夏のある日の描写のようですが
血を吐くような倦うさ、たゆたさに
詩人は襲われています。
 
「木蔭」の「さっぱりとした感じ」は
どこへ行ってしまったのだろうと疑問を抱きがちですが
「血を吐く」というストレートさには
「木蔭」の「さっぱり」に通じるものが感じられてなりません。
 
「馬鹿々々しい破笑にみちた私の過去」(木蔭)が
「嵐のような心の歴史」(夏)に一直線でつながっています。
 
「燃える太陽の向うで眠る」
過去のことになった「恋」を呆然と眺めている詩人には
深い諦めがあります。
 
この詩で
終ってしまったものの「ように」
そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないものの「ように」
――と「未練」を残すかのようでありますが
ここは「終わった」「手繰れない」「過去」でしょう。
 
だからこそ
「血を吐くような倦うさ、たゆたさ」なのです。
 
 
 
血を吐くような 倦(もの)うさ、たゆたさ
今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り
眠るがような悲しさに、み空をとおく
血を吐くような倦うさ、たゆたさ
 
空は燃え、畑はつづき
雲浮び、眩(まぶ)しく光り
今日の日も陽は燃ゆる、地は睡(ねむ)る
血を吐くようなせつなさに。
 
嵐のような心の歴史は
終ってしまったもののように
そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののように
燃ゆる日の彼方(かなた)に眠る。
 
私は残る、亡骸(なきがら)として、
血を吐くようなせつなさかなしさ。
 
            (1929、8、20) 
 
 
これは第1次形態です。

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