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「一筆啓上、安原喜弘様」昭和7年10月21日、24日

「魂の動乱」がはじまったと安原が指摘する9月以降
年内の安原宛手紙は2通が残されているだけです。
 
 
「手紙50 10月21日(はがき)」(新全集では「112」)
 
昨日は失礼
玉川学園の原稿すっかり忘れて来ました
2、3日のうちにとりに行きますからお留守でも分るようにしておいて下さい
取りにさえ行けばその日のうちに校正して送りますから遅れることにはなるまいかと思います
右要用のみ
 
 
「手紙51 10月24日(はがき)」(新全集では「113」)
 
先日はお疲れの所、御免なされ。
ゴッホの挿画は、文章と章との間に、適宜に、次の13枚の絵を、お好きな順序に、入れて下さいとて、とにかくその13枚をだけ、抜き出しておきました。あの文章の、どこにどの画が入ったとて、効果は殆ど夫々に等価であると思ったからです。
昨夜吉田一穂を訪ねて、その時頼まれたのですが、「新詩論」(クオタリイ)」正月号に、寄稿しませぬか。可なり長い方がいい、4、50枚が最も格構(ママ)です。翻訳でも結構なのです。締切は来月の15日。何れまた会った時、お分りにならない点は質問に応じます。
                           不備
                           中也
 
 
ゴッホ伝の進行と
詩人・吉田一穂らが第1号を発行した直後の季刊誌「新詩論」への寄稿の薦め。
 
「新詩論」は正月号(昭和8年)を第2号として発行する予定で動いていました。
吉田は、当時、世田谷区松原3丁目に住んでいました。
 
 
この2通に関しての安原のコメントはわずか1行。
「手紙50」に
 
これは「ゴッホ伝」の校正の件である。
――と記すのみです。
 
「ゴッホ伝」は
12月5日付けで玉川大学出版部から発行されました。
著者名は、安原喜弘です。
 
 
この2通の手紙の後
安原宛は年明けまで残されていません。
 
年末にピークに達する「動乱」は
坂本睦子への求婚そして拒絶
高森文夫の従妹への求婚そして拒絶、
高森の伯母が詩人の状態を心配して
詩人の郷里へ手紙を出したこと(角川ソフィア文庫所収「中原中也年譜」)――などに現われますが
安原は具体的にコメントしません。
 
高森文夫の証言とは
この点に関しての食い違いがあるようです。

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