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災 難

 
霰弾(さんだん)の、赤い泡沫(しぶき)が、ひもすがら
青空の果で、鳴っている時、
その霰弾を嘲笑(あざわら)っている、王の近くで
軍隊は、みるみるうちに崩れてゆく。
 
狂気の沙汰が搗(つ)き砕き
幾数万の人間の血ぬれの堆積(やま)を作る時、
ーー哀れな死者等は、自然よおまえの夏の中、草の中、歓喜の中、
甞(かつ)てこれらの人間を、作ったのもおお自然(おまえ)!ーー
 
祭壇の、緞子(どんす)の上で香を焚き
聖餐杯(せいさんはい)を前にして、笑っているのは神様だ、
ホザナの声に揺られて睡り、
 
悩みにすくんだ母親達が、古い帽子のその下で
泣きながら二スウ銅貨をハンケチの
中から取出し奉献する時、開眼するのは神様だ。
 
〔一八七〇、十月〕
 
 
 
 

ひとくちメモ その1

「災難」Le Malを
現代表記で読んでみましょう。

「新字・新かな」表記もあります。
「新字・旧かな」表記もあります。

 災難

散弾の、赤い泡沫(しぶき)が、ひもすがら
青空の果てで、鳴っている時、
その散弾を嘲笑(あざわら)っている、王の近くで
軍隊は、みるみるうちに崩れていく。

狂気の沙汰がつき砕き
幾数万の人間の血ぬれの堆積(やま)を作る時、
――哀れな死者らは、自然よおまえの夏の中、草の中、歓喜の中、
かつてこれらの人間を、作ったのもおお自然(おまえ)!――

祭壇の、緞子(どんす)の上で香(こう)を焚き
聖餐杯(せいさんはい)を前にして、笑っているのは神様だ、
ホザナの声に揺られて眠り、

悩みにすくんだ母親たちが、古い帽子のその下で
泣きながら2スー銅貨をハンカチの
中から取り出し奉納する時、開眼するのは神様だ
                〔一八七〇、十月〕

普仏戦争は
16歳のランボーに
どう映っていたのでしょうか――。

神は、王権と聖職とで固められ、
戦争は、神の名で行われるのが当たり前な
キリスト教国家同士の争いでした。

 *

 災難

霰弾の、赤い泡沫(しぶき)が、ひもすがら
青空の果で、鳴っている時、
その霰弾を嘲笑(あざわら)っている、王の近くで
軍隊は、みるみるうちに崩れてゆく。

狂気の沙汰が搗き砕き
幾数万の人間の血ぬれの堆積(やま)を作る時、
――哀れな死者等は、自然よおまえの夏の中、草の中、歓喜の中、
甞てこれらの人間を、作ったのもおお自然(おまえ)!――

祭壇の、緞子の上で香を焚き
聖餐杯を前にして、笑っているのは神様だ、
ホザナの声に揺られて睡り、

悩みにすくんだ母親達が、古い帽子のその下で
泣きながら二スウ銅貨をハンケチの
中から取り出し奉献する時、開眼するのは神様だ
                〔一八七〇、十月〕
                
※底本を角川書店「新編中原中也全集」とし、新漢字・現代かな遣いで表記しました。また、ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

<新漢字・歴史的かな遣い版>
 災難

霰弾の、赤い泡沫(しぶき)が、ひもすがら
青空の果で、鳴つてゐる時、
その霰弾を嘲笑(あざわら)つてゐる、王の近くで
軍隊は、みるみるうちに崩れてゆく。

狂気の沙汰が搗き砕き
幾数万の人間の血ぬれの堆積(やま)を作る時、
――哀れな死者等は、自然よおまへの夏の中、草の中、歓喜の中、
甞てこれらの人間を、作つたのもおゝ自然(おまえ)!――

祭壇の、緞子の上で香を焚き
聖餐杯を前にして、笑つてゐるのは神様だ、
ホザナの声に揺られて睡り、

悩みにすくんだ母親達が、古い帽子のその下で
泣きながら二スウ銅貨をハンケチの
中から取り出し奉献する時、開眼するのは神様だ
                〔一八七〇、十月〕

※底本を角川書店「新編中原中也全集」としました。ルビは原作にあるもののみを( )の中に表示しました。編者。

ひとくちメモ その2

「災難」Le Malが作られたのは1870年で
ランボーとベルレーヌとの邂逅以前です。
パリ・コンミューン前夜です。
そのころの様子を堀口大学は、

1871年(17歳)
2月25日パリへ出奔、徒歩でシャルルヴィルへ帰還。
前年8月よりこの年の2月にいたる期間が、この詩人の一生のうちで最も多作な時期であった。すなわち本集中におさめた「何がニナを引止める」、「のぞき見する子どもたち」、「小説」、「三度の接吻のある喜劇」、「冬のための夢」、「わが放浪」、「『居酒屋みどり』で」、「おませな娘」、「谷間に眠る者」、「音楽につれて」、「七歳の詩人たち」(この一篇の制作時期を1871年5月とする説もあるが、イザンバールは自分の家に滞在中ランボーがこの詩を作ったのは1870年の終りのころだと言っている)、「戦禍」その他の傑作を成したのは、じつにこの放浪の月日の間であったのである。
(「ランボー詩集」新潮文庫)

――と記しています。

「放浪詩篇」と呼び習わされる
一群の詩は
ランボーの初期詩篇中でも
自由、のびやかさ、解放感に満ち溢れ、
青春の謳歌でありながらそれだけでなく、
独特のイロニーが織り交ぜられます。

堀口大学は放浪詩篇をよく訳しました。
中原中也のタイトル(*)を見れば、

「何がニナを引止める」*ニイナを抑制するものは
「のぞき見する子どもたち」*びつくりした奴等
「小説」*物語
「三度の接吻のある喜劇」*喜劇・三度の接唇
「冬のための夢」*冬の思ひ
「わが放浪」*わが放浪
「『居酒屋みどり』で」*キャバレ・ヹールにて
「おませな娘」*いたづら好きな女
「谷間に眠る者」*谷間の睡眠者
「音楽につれて」*音楽堂にて
「七歳の詩人たち」*七才の詩人
「戦禍」*災難

――となります。

堀口大学訳の「戦禍」を読んでおきましょう。

戦禍
堀口大学訳

機関銃の吐(は)き出す真紅(まっか)な血へど
終日、真澄(ますみ)の空かけて、うめきつづけ
赤や緑、軍装はなやかな部隊に相ついで
敵火に滅びゆくさまを、冷やかに、王眺(なが)めたもうというに、

言語道断な狂気沙汰(きちがいざた)のおかげで
幾十万の兵(つわもの)が、見るまに屍(しかばね)の山と変ってゆきつつあるというに、
――大自然よ、哀れじゃないか、夏草に埋(う)もれ、
お前の歓喜のさなかに、死んでゆく者どもが、
お前はあれほど聖(きよ)らなものに、人間を造っておいたのに!――

あきれたものよ、神さまが、金襴(きんらん)の打敷(うちしき)や香(こう)の煙や
黄金(おうごん)の聖餐杯(せいさんはい)にとりまかれ、にやにやしてござるとは、
讃美歌(さんびか)の節(ふし)にゆられて、居眠りをしてござるとは、

しかも、お目々のさめるのは、戦死者の母親たちが、
苦悩にうちひしがれながらも、古ぼけた被(かぶ)り物(もの)の下で、涙にくれながら
手巾(ハンカチ)に包んできた賽銭(さいせん)を、捧(ささ)げ奉る時に限るとは。
                                 Le Mal

フランス語原詩はソネット(4・4・3・3)ですが
堀口大学は
第2連を訳し込んで
5行にしています。

ひとくちメモ その3

「災難」Le Malで
ランボーが歌っているのは
戦争の被害者のことですが
それは同時に受益者への痛烈な風刺でもあります。

被害を受ける存在と
利益を受ける存在という明快さ。

中原中也の訳は
受益者として二つの存在、
被害者として二つの存在を
くっきりと浮かばせます。

第1連で、

その散弾を嘲笑(あざわら)っている、王の近くで
軍隊は、みるみるうちに崩れていく。

――というように、王と軍隊

弟2連では、
造物主である自然(おまえ)として現われ、

第3連では、
聖堂で笑っている神様、
第4連では、

泣きながら2スー銅貨をハンカチの
中から取り出し奉納する時、開眼するのは神様だ

――というように、
泣きながら賽銭(さいせん)を取り出す母親たちと
その時ばかりは、目をぱっちり開ける神様

開眼する、とは!
なんとズバリと決まった訳語!
皮肉が見事に効いています。

王と軍隊と、
泣く母親たちと笑い、開眼する神様

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