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「一筆啓上、安原喜弘様」昭和10年1月23日

昭和10年に入って
詩人が安原喜弘に宛てた手紙は
1月12日付けを第1便として
1月23日付け(封書)
1月29日付け(はがき)
2月16日付け(はがき)
3月2日付け(はがき)
――の計5通が残りますが
これらはみな山口市湯田発のものです。
 
この帰郷は
第1子を得たことのうえに
ランボオ全集のための翻訳の仕事を片付ける目的があり
はじめから長期滞在になる予定でした。
 
 
安原は
1月12日付けを除く4通の手紙に
コメントを加えていません。
個別のコメントを加えないのですがこれが
やがて「大きな総括のコメント」を明らかにする布石となります。
 
詩人のこの4通の手紙を
まず読んでおきましょう。
 
 
「手紙86 1月23日 (封書)」(新全集では「169」)
 
御手紙有難うございました だいぶ御退屈の模様 いっそ読書でもされてはいかがでしょうか フィードレルの芸術論おすすめしたい気がします 放心と努力の限界みたいなものがハッキリして 何か面白い本だと思います 
 
詩集おかげ様にて「収支はつぐのったから今後ボツボツ売上げを渡してやる」と言って来ました
 
当地は寒くて仕方ありません やっぱり山間気候とて底冷えがします 毎冬東京で暮していて、子供の時はひどく寒さを感じたものだったと思っていましたが、今度12年目の冬をこちらで送ってみますと、やっぱり炬燵(こたつ)の中にばかりいます ホンヤクすれば辞書の表紙が冷たいのでどうも不可(いけ)ません その代り読書はイヤでも出来ます ここんとこ習慣になりました 習慣になると何を読んでも命がマダラになるといったアトクチが殆どしません
 
27日(日)午后2時から丸の内蚕糸会館にてマチネー・ポエチクがあるそうです 山宮(さんぐう)允 柳沢健 白秋 丸山定夫 照井要三等の顔ぶれです 余り面白くないことと思いますが暇つぶしにいかがですか 
 
2月5日までに宮沢賢治論書けと云われておりますので御手数恐入りますが同氏の詩集「春と修羅」御送り下さいませんか 何時ぞや檀等と東中野で飲んだ帰り御願いしたのですが、酩酊時のこととて御記憶ないでしょう その時もその本よくお分りないようでしたが、弟さんの書棚にあります
 
檀といえば心平をショイナゲくらわしたというゴシップがあるそうです 心平から云って来ました
 
雪が降って静かなことです 朝は5寸位積っていたのが今はだいぶへって2寸5分位になっています 手紙書く段となりますと急にマトマリがつかなくなるという甚だ落付きのない生活をしている自分が、何べんも製本しなおした辞書みたいに無惨に思えて来ます せめて乱筆でもってその落付のなさにフサワシイ着物でもきせる気持になって自分のイヤサから逃亡したいような気持になる次第です 
 
これにて失礼します 御身大切に祈り上げます。
                      中也
    1月23日
 
(講談社文芸文庫「中原中也の手紙」より。「行アキ」を加えてあります。編者。)
 
 
フィードレルは、ドイツの美学者コンラッド・アドルフ・フィードラーのことで
玉川学園出版部から「フィードラー芸術論」(清水清訳)が出ていました。
詩人が読んだのはほかの訳らしいのですが
その内容は「芸術論覚え書」へ影響を与えているといわれています。
 
宮沢賢治論とは、
草野心平が編集する「宮沢賢治研究」に載せるための原稿。
これはやがて評論「宮沢賢治全集」として
同全集に収録されます。
(以上「新編中原中也全集」第5巻・日記書簡解題篇より)
 
「何時ぞや檀等と東中野で飲んだ帰り御願いした」とあるのは
「檀といえば心平をショイナゲくらわしたというゴシップがあるそうです」とは異なる時のことでしょうが
坂口安吾の小説「二十七歳」で有名な「乱闘」に
どこか通じる雰囲気のある記述です。
安吾が中也と会ったのは京橋の「ウインザー」でしたが。
中也が太宰治に「モ・モ・ノ・ハ・ナ」と
無理矢理言わせた事件(檀一雄著「小説太宰治」)が中野でしたから
こちらをも思い起こさせます。
 
ランボーの「酩酊船」(酔いどれ船)を日本語に初訳した柳沢健の名がここにあります。
詩人もランボオと取り組んでいたわけで
「ランボーという事件」の蠢(うごめ)きのようなものがここでかすかに感じられます。
白秋も現われます。
 
これらが突然降って湧いたのではなく
詩人の活動の累積が
中央文壇・詩壇で活躍する作家詩人学者らの名を
「手紙」の中の話題にさせているということが言えそうです。

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