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「白痴群」前後・幻の詩集6「夏の夜」

「夏の夜」は
同じタイトルの詩が
「在りし日の歌」にもあります。
 
こちらは、
疲れた胸の裡を/桜色の女が通る
――のフレーズで広く知られ
水田、盆地、山……が現われますが
今回読む「夏の夜(暗い空に鉄橋が架かって)」には
都会の風景が歌われています。
 
 
夏の夜
 
   一
 
暗い空に鉄橋が架(か)かって、
男や女がその上を通る。
その一人々々が夫々(それぞれ)の生計(なりわい)の形をみせて、
みんな黙って頷(うなず)いて歩るく。
 
吊られている赤や緑の薄汚いランプは、
空いっぱいの鈍い風があたる。
それは心もなげに燈(とも)っているのだが、
燃え尽した愛情のように美くしい。
 
泣きかかる幼児を抱いた母親の胸は、
掻乱(かきみだ)されてはいるのだが、
「この子は自分が育てる子だ」とは知っているように、
 
その胸やその知っていることや、夏の夜の人通りに似て、
はるか遥かの暗い空の中、星の運行そのままなのだが、
それが私の憎しみやまた愛情にかかわるのだ……。
 
   二
 
私の心は腐った薔薇(ばら)のようで、
夏の夜の靄(もや)では淋しがって啜(すすりな)く、
若い士官の母指(おやゆび)の腹や、
四十女の腓腸筋(ひちょうきん)を慕う。
 
それにもまして好ましいのは、腐った薔薇(ばら)
オルガンのある煉瓦(れんが)の館(やかた)。
蔦蔓(つたかづら)が黝々(くろぐろ)と匐(は)いのぼっている、
埃(ほこ)りがうっすり掛かっている。
 
その時広場は汐(な)ぎ亙(わた)っているし、
お濠(ほり)の水はさざ波たててる。
どんな馬鹿者だってこの時は殉教者の顔付(かおつき)をしている。
 
私の心はまず人間の生活のことについて燃えるのだが、
そして私自身の仕事については一生懸命練磨するのだが、
結局私は薔薇色の蜘蛛(くも)だ、夏の夕方は紫に息づいている。
 
 
中原中也が東京で最も気に入っている景色を
御茶ノ水駅のホームあたりから眺める万世橋だったとか聖橋だったとかと書いていたものがあり
誰か友人の作家か知り合いだったかがエッセイに書いていたのか
どこかに「意中の東京風景」を記しているのですが
今、その記述を見つけることが出来ません。
 
 
「夏の夜(暗い空に鉄橋が架かって) 一」の冒頭に出てくる「鉄橋」は
この万世橋か聖橋かという想像に結びつきます。
 
視線の上方向に橋があって
そこをゾロゾロ人が歩いて行く光景を
詩人は深い感慨をもって眺めあげることがあったのです。
 
都会人を眺める眼差しは
「都会の夏の夜」(山羊の歌)の
ただもうラアラア唱ってゆくのだ
「正午 丸ビル風景」(在りし日の歌)の
ぞろぞろぞろぞろ出てくるは、出てくるは出てくるは
――などへ通じるものがありますが
これらに「都会人への憐れみ」が含まれるのに対し
「夏の夜」の眼差しには
都会人の生活は詩人の想像の範囲にあり
親近感がにじみ出ているところでしょう。
 
 
「夏の夜(暗い空に鉄橋が架かって) 二」には
「オルガンのある煉瓦の館」や「お濠」が出てきますから
ここも、御茶ノ水周辺の風景を思わせます。
 
オルガンは
「山羊の歌」の「初期詩篇」中の「都会の夏の夜」にも登場しますが
こちらは「視覚」で捉えられた街並みの比喩(ひゆ)でしたが
ここでは「音(聴覚)」が聞こえる館ですから
ニコライ聖堂あたりの教会のオルガンでしょうか?
 
歩道がある橋を下から見上げる場所は
渋谷とか新宿とか有楽町とか……
ほかにもありそうですから
敢えて決め込まなくてもよいのですが
なぜか実際の場所への想像を掻き立てられる詩です。
 
 
それと想像できそうな場所が
詩の中に出てくるのは
上京したばかりの印象が強い景色だからかも知れず
初稿が大正14年に制作されたとさかのぼる読みも
不可能ではありません。
 
しかし、それだけでは
この詩に流れる「喪失感」のようなものの立ちのぼってくる理由にならないので
これはやはり、泰子を失って以後の制作と読むのが自然で
ならば大正14年でも年末の作ということになりそうです。
 
橋上を歩く人の群れの中に自分を置いてみて
「燃え尽した愛情」を外側から眺めてみる必要が
詩人にはあったのでしょう。(→一)
 
 
「二」では
詩人は、橋を見上げる場所から移動し
街の中にいます。
 
「腐った薔薇(ばら)」は「私の心」で
最後には「私は薔薇色の蜘蛛(くも)」ということになりますが
その生き物は
夏の夕方、紫に息づいて
一見、死んだかのように動きを止めています。
奥底に波々とエネルギーを湛えているのです。

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