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きらきら「初期詩篇」の世界/8「凄じき黄昏」

その1

「帰郷」を読み終えたところで
次に配置された「凄じき黄昏」の世界へ入っていくには
ハードルみたいなものが立ち塞(ふさ)がります。

戸惑わずにはいられませんが
長い時間をかけて
何度も何度も読んでいるうちに
少しづつ近づいてくるようなものがあります。

それこそ「詩」です。

凄じき黄昏
 
捲(ま)き起る、風も物憂(ものう)き頃(ころ)ながら、
草は靡(なび)きぬ、我はみぬ、
遐(とお)き昔の隼人等(はやとら)を。

銀紙色の竹槍(たけやり)の、
汀(みぎわ)に沿(そ)いて、つづきけり。
――雑魚(ざこ)の心を俟(たの)みつつ。

吹く風誘わず、地の上の
敷(し)きある屍(かばね)――
空、演壇に立ちあがる。

家々は、賢き陪臣(ばいしん)、
ニコチンに、汚れたる歯を押匿(おしかく)す。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

「山羊の歌」を一周して
目次をじっと眺めてみたり
他の詩と比べたりしているうちに
浮かんでくるような一群の詩があります。

なぜいきなり「昔の隼人らの行軍」が歌われたのかは
そうした詩群の中に置いてみないことには
見当がつきません。

「黄昏」
「深夜の思い」
「冬の雨の夜」と歌われている「ダークな」空気が
「帰郷」でいったん断ち切られ
再び戻ってきた流れでしょうか?

あるいは「帰郷」も
この流れの一つなのでしょうか?

少しでも似ている作りの詩を探してみると
「山羊の歌」の「初期詩篇」には
「月」「ためいき」があります。

「深夜の思い」の「マルガレエテ」や
「冬の雨の夜」の「aé ao, aé ao, éo, aéo éo!」も
同じ「喩」の範囲にあるのかもしれません。

これらの詩は
モチーフ(素材)を
歴史とか文学作品とかから引き出しています。

その2

「黄昏」
「深夜の思い」
「冬の雨の夜」
「帰郷」
――に続いて配置されているのは
「冬の雨の夜」が「暗い天候三つ」の一部を独立させたものだったことを思い出させますが
そういえば「山羊の歌」の冒頭詩「春の日の夕暮」も
アンダースローされた灰が蒼ざめて
――と宵闇(よいやみ)迫る夕暮れが歌われていました。

これらの詩が
「自然現象」としての天候を歌ったものでないことは
明らかなことでしょう。

「春の日の夕暮」は
自らの静脈管の中へと
無言ながら前進して行きました。

この前進して行った「夕暮れ」に似たものが
「凄まじき黄昏」であるように思えてもきます。

それは何なのでしょうか?

「帰郷」では
おまえはなにをして来たのだ
――と歌った「なに」こそ
詩(の仕事)でした。

して来なかったものこそ
詩(業)だったことも思い出されます。

凄じき黄昏
 
捲(ま)き起る、風も物憂(ものう)き頃(ころ)ながら、
草は靡(なび)きぬ、我はみぬ、
遐(とお)き昔の隼人等(はやとら)を。

銀紙色の竹槍(たけやり)の、
汀(みぎわ)に沿(そ)いて、つづきけり。
――雑魚(ざこ)の心を俟(たの)みつつ。

吹く風誘わず、地の上の
敷(し)きある屍(かばね)――
空、演壇に立ちあがる。

家々は、賢き陪臣(ばいしん)、
ニコチンに、汚れたる歯を押匿(おしかく)す。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

「詩」についての詩を
詩人は歌わねばなりませんでした。
歌う必要がありました。

「月」も
「サーカス」も
「春の夜」も
「臨終」も……

詩とはなにか。
――という問いが隠され
その答えが歌われている詩です。

優れた詩や芸術作品の多くが
そうであるように。

「凄じき黄昏」も
その一つです。

 

その3

「山羊の歌」では
「凄まじき黄昏」の四つ前に
「黄昏」が配置されています。

なんだか父親の映像が気になりだすと一歩二歩歩みだすばかりです
――と終わる、あの詩です。

「黄昏」
「深夜の思い」
「冬の雨の夜」
「帰郷」
そして
「凄じき黄昏」
――という流れになっています。

「帰郷」のエンディングは
ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云う
――です。

こうしてみると
「凄まじき黄昏」は近づいてきませんか?

凄じき黄昏
 
捲(ま)き起る、風も物憂(ものう)き頃(ころ)ながら、
草は靡(なび)きぬ、我はみぬ、
遐(とお)き昔の隼人等(はやとら)を。

銀紙色の竹槍(たけやり)の、
汀(みぎわ)に沿(そ)いて、つづきけり。
――雑魚(ざこ)の心を俟(たの)みつつ。

吹く風誘わず、地の上の
敷(し)きある屍(かばね)――
空、演壇に立ちあがる。

家々は、賢き陪臣(ばいしん)、
ニコチンに、汚れたる歯を押匿(おしかく)す。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

そうです!
中也には詩のほかになかったのです。

「黄昏」も
「深夜の思い」も
「冬の雨の夜」も
「帰郷」も
「凄じき黄昏」も
……
詩についての詩という側面をもっています。

「春の日の夕暮」も
「月」も
「サーカス」も
「春の夜」も
「臨終」も
……
同じです。

「凄じき黄昏」はしかし
難解中の難解な詩です。

特に、
吹く風誘わず、地の上の
敷(し)きある屍(かばね)――
空、演壇に立ちあがる。

――という第3連は巨大な壁のようです。

全行が大きな山のように
立ちはだかります。

 

その4

「凄じき黄昏」は
単なる「黄昏」ではありません。

それは詩人の眼に
凄まじいものでした。

夕日が落ちて
山の端に沈んでゆく……などと
穏やかな風景ではありません。

風が捲き起こり
撒き起こるばかりか物憂く(心を騒がせ)
草木は横倒しに靡き
詩人は遠い昔の隼人らの戦(いくさ)を見るのです。

ビジョンが現われるほどに
凄まじい映像でした。

凄じき黄昏
 
捲(ま)き起る、風も物憂(ものう)き頃(ころ)ながら、
草は靡(なび)きぬ、我はみぬ、
遐(とお)き昔の隼人等(はやとら)を。

銀紙色の竹槍(たけやり)の、
汀(みぎわ)に沿(そ)いて、つづきけり。
――雑魚(ざこ)の心を俟(たの)みつつ。

吹く風誘わず、地の上の
敷(し)きある屍(かばね)――
空、演壇に立ちあがる。

家々は、賢き陪臣(ばいしん)、
ニコチンに、汚れたる歯を押匿(おしかく)す。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

銀紙色のピッカピカの竹槍が
海岸沿いを行軍しています。
雑兵(ぞうひょう)たちばかりが頼りなんだ。
(第2連)

吹きすさぶ風が誘わない=持ち運んでいかない
地上は死屍累々(ししるいるい)=しかばねの絨毯(じゅうたん)が敷かれている

空は、演壇の状態に立ち上がっている

「演壇に」の「に」は状態を表わす助詞で
場所を指示するものではないでしょう。

空がステージ状にそそり立っている!

どこの家も、賢い陪臣たち、
ニコチンで汚れた歯を隠して(戦に参じている)

詩人はしかと絵巻ものを見たのです。
もちろんそれは幻視・幻想です。

日は落ち
風は吹きすさぶ中に立っている詩人の心に
澎湃(ほうはい)として湧き上がったビジョンでした。

この風が
「帰郷」の最終連の風と同じものであることは
言うまでもありません。

なぜ?
このようなビジョンが現われたのでしょうか?

それを突き詰めようとするのはいいですが
それを他の言葉で言い表せば
詩が生命を失くすようなものです。

あえて言えば
詩です。

それこそ詩です。

この詩は
「白痴群」の同人となる村井康男とが再会したある日
詩人がその場で塵紙(ちりがみ)に書いたものです。
村井が保存していたために残ったそうです。
(「新全集」第1巻・解題篇)

「凄じき黄昏」が歌ったのは
「詩」とか「詩心」とか……
詩(人)の帰りつく場所とか、
詩のありかの暗喩そのもののようです。

 

その5

「凄じき黄昏」は
昭和4年(1929年)4月発行の「白痴群」に初出して以来
「紀元」(昭和8年9月1日発行)に再出
「青い花」(昭和9年12月1日発行)に三出と
詩人によって計3回発表されました。

「紀元」「青い花」はともに
創刊号です。

何度も発表される例は
中也の場合、結構あるのですが
「思い入れ」の深かった作品であることを示しています。

凄じき黄昏
 
捲(ま)き起る、風も物憂(ものう)き頃(ころ)ながら、
草は靡(なび)きぬ、我はみぬ、
遐(とお)き昔の隼人等(はやとら)を。

銀紙色の竹槍(たけやり)の、
汀(みぎわ)に沿(そ)いて、つづきけり。
――雑魚(ざこ)の心を俟(たの)みつつ。

吹く風誘わず、地の上の
敷(し)きある屍(かばね)――
空、演壇に立ちあがる。

家々は、賢き陪臣(ばいしん)、
ニコチンに、汚れたる歯を押匿(おしかく)す。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

なぜ遠い昔の隼人らが現われたのか
なぜ、雑魚や陪臣が出てくるのか
謎ばかりです。

戦争ですから
死屍累々はわかりますし
だから「凄まじい」のもわかりますが。

では、なぜ凄まじい戦争を歌ったのでしょうか?

「戦車の地音」(月)や
「茶色い戦争」(サーカス)や
「軍楽の憶い」(朝の歌)
……などの戦争の流れでしょうか?

その流れであることも
十分に考えられることですが。

凄まじいのは
詩人の「内面」なのであって
それは「詩」のようなものであって
なんらかそのための合図(メッセージ)が
この詩に託されているのではないか
――と読んだらどうなるでしょう。

詩人は
レゾンデートル(存在証明)とかアイデンティティー(自己確認)とかを
平易な言葉でいえば
「独自性」(ユニークさ)とか「個性」とかを
俗にいえば「売り」「セールポイント」とかを
切実に必要としていました。

詩の詩――。
詩のエキス――。
詩の片鱗――。
詩の断片――。

最終連、
家々は、賢き陪臣(ばいしん)、
ニコチンに、汚れたる歯を押匿(おしかく)す。

――は、詩人のほかには書けないであろう(と詩人が考えている)
「詩」(のありか)が含まれているように思えてなりません。

 

やがて歌われる
「知れざる炎」(悲しき朝)や
「貝の肉」(夕照)や
「ピョートル大帝の目玉」(ためいき)のような。

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