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末黒野

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カシスの川

 
カシスの川は何にも知らずに流れる
  異様な谷間を、
百羽の烏が声もて伴(つ)れ添う……
  ほんによい天使の川波、
樅の林の大きい所作に、
  沢山の風がくぐもる時。
 
すべては流れる、昔の田舎や
  訪われた牙塔や威儀張った公園の
抗(あらが)う神秘とともに流れる。
  彷徨(さまよ)える騎士の今は亡き情熱も、
此の附近(あたり)にして人は解する。
  それにしてもだ、風の爽かなこと!
 
飛脚は矢来に何を見るとも
  なおも往くだろう元気に元気に。
領主が遣わした森の士卒か、
  烏、おまえのやさしい心根(こころね)!
古い木片(きぎれ)で乾杯をする
  狡獪な農夫は此処より立去れ。

 

 

 


ひとくちメモ その1

凡そ世上の所謂抒情詩は、贅肉と脂肪とで腐っている。

――と、小林秀雄が「ランボオの問題」の末尾に記したのは
昭和22年3月の「展望」誌上でしたから
中原中也が死去して10年を経過していますが
敗戦直後の記述かどうか
ひょっとすると
昭和初期に書いたものかもしれず
中原中也存命中の表白かもしれず
いや、中原中也が生きている時と死亡後を問わず
中原中也の抒情詩が意識されていないということはないであろう、
と、推察される一節です。

小林秀雄は
ランボーの唯一の抒情詩として「涙」を取り上げているのですが
中原中也の抒情詩がダブルイメージされていた可能性を否定できません。

ここは、しかし、このことを追究する場ではありませんから
先に進むことにします。

「カシスの川」La Rivière de Cassisは
1872年5月の制作と推定される
「後期韻文詩」に属する作品です。

百羽の烏が声もて伴(つ)れ添ふ……

――という、第1連第3行によって
すぐさま、「前期韻文詩」の「烏」が連想されるのは
自然の流れというものでしょう。

黒すぐりの実は
東京・銀座のこじゃれた飲み屋などで
すぐり酒として出されていたりしますし
百貨店や通販などでも流通していますからお馴染ですが
「赤黒い紫」は「どどめ」の色に似て
ランボーの生地シャルルヴィル近辺を流れるスモウ川の川辺に自生していたのを
散策中のランボーはよく見かけた風景で
これをモチーフにした詩、とか

「烏」に現れる
死んだ兵士の黒い血とのつながりを連想するという読み、とか
色々な鑑賞が行われているようです。
(「新編中原中也全集第3巻 翻訳・解題篇」)

中原中也の翻訳は
「紀元」の昭和8年11月号に初出で
同年9月の制作(推定)とされています。
これを第1次形態とし
「ランボオ詩集」に収録されたものが
第2次形態とされます。

「カシスの川」も
昭和3年に
大岡昇平へのフランス語授業の名目で行っていた
ランボー詩の翻訳に取りあげられた詩の一つで、
中原中也の担当だったと
大岡は記録しています。

この時の翻訳が
どの程度、形をとどめているのかは
わかりませんのは
「涙」などと同様です。

「涙」と同じくこの詩も
「音と色」に
ランボーの技が散りばめられているようですが
それらを十分に味わうには
フランス語原詩にあたるのがベストでしょう。

中原中也訳には

飛脚は矢来に何を見るとも
  なほも往くだらう元気に元気に。

――など、古き時代を感じさせる語彙を配するなどして
19世紀フランスの片田舎の素朴な田園風景が映し出され
それだけでも
ランボーの詩に迫っています。

 

烏は
ここでも
詩人の仲間うちです。

ひとくちメモ その2

中原中也訳の「カシスの川」La Rivière de Cassisは
ランボーを「単独で」翻訳して初めて発表した詩です。

ベルレーヌの著作「呪われた詩人たち」の「ポーヴル・レリアン」の中に
ランボーの「盗まれた心」と「フォーヌの顔」が引用されてあり
これをすでに「白痴群」第5号(昭和5年)に翻訳・発表していますが
これ以外のランボーの詩の翻訳では
「紀元」にこの「カシスの川」を発表したのが
単独の詩としては初めてということになります。

「紀元」に「カシスの川」を発表したのと同じ昭和8年に
「小冊子」に「失はれた毒薬」を発表していますが
これがランボーの作品でないことが
その後の研究で明らかになっている現在
「カシスの川」は
中原中也が翻訳した「単独の」詩の初めての発表詩ということになります。

「引用詩ではなく単独詩」
――こんな言い方に意味があるかはわかりませんが
ベルレーヌが引用したというだけで
それはベルレーヌの「息」がかかった詩であることから免れないという意味では
「カシスの川」は中原中也のエポックであったといえるかもしれません。

「紀元」発表後
スイッチが入ったかのように
ランボーの詩の翻訳を
中原中也は各誌に発表していきます。

「紀元」に発表された「カシスの川」は第1次形態とされていますが
昭和3年に大岡昇平と「見せっこ」した翻訳が
どれだけ反映しているのか
まったく影も形もないのか、という目で読み直してみると
なんだかランボー翻訳の初期の
「若さ」みたいなものが漂っている感じがしてきます。

「La Rivière de Cassis」は
「カシスである川」という意味か、
そうならば
カシス色に染まった川の流れのイメージも出てきますが
「カシス実る川」という意味ならば、
川べりに自生するカシス(=黒すぐり)が
たわわに実る自然の風景を歌っていることになりますが
さて、どうとったらよいでしょう――。

谷間
100羽のカラス
樅の林
沢山の風がくぐもる
昔の田舎
牙塔
威儀張つた公園
彷徨へる騎士
風の爽かなこと!
飛脚
矢来
領主
森の士卒
烏、おまへのやさしい心根
古い木片(きぎれ)
狡獪な農夫
……

これらの訳語からは
「カシスの川」が
自然のままに歌われるようでありながら

天使
騎士
飛脚
矢来
領主
士卒
農夫

――これら「人」のドラマが
実は主テーマであり、
つい昨日まで戦場だった流域の物語りであることが見え出します。

カシスの川は何にも知らずに流れる

――という冒頭行は、
「逆説」であって
カシスの川は何でも見てきたのだし、
何でも知っているのです。

カシスの赤黒い実で
塗りたくられたような川が
谷あいを悠然と流れる、
その川に寄り添うように
100羽のカラスが群れ飛んで
ギャーギャーと泣く……
真実(まこと)、天使の川波だ、
樅(もみ)の林も大きく揺れて
たんまりと風が吹きすさんでいる。

夏草やつわものどもが夢の跡

――と、松尾芭蕉の句を思い出させるようですが
ランボーは風流風雅(ふりゅうふうが)ではなく
「色と音の眩暈(めまい)の世界」です。

中原中也は
果敢に
色も音も
見逃すまいとしています。

 *

 カシスの川

カシスの川は何にも知らずに流れる
  異様な谷間を、
百羽の烏が声もて伴(つ)れ添ふ……
  ほんによい天使の川波、
樅の林の大きい所作に、
  沢山の風がくぐもる時。

すべては流れる、昔の田舎や
  訪はれた牙塔や威儀張つた公園の
抗(あらが)ふ神秘とともに流れる。
  彷徨へる騎士の今は亡き情熱も、
此の附近(あたり)にして人は解する。
  それにしてもだ、風の爽かなこと!

飛脚は矢来に何を見るとも
  なほも往くだらう元気に元気に。
領主が遣はした森の士卒か、
  烏、おまへのやさしい心根(こころね)!
古い木片(きぎれ)で乾杯をする
  狡獪な農夫は此処より立去れ。

 

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より)
※ルビは原作にあるもののみを( )の中に入れました。編者。

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