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ラフォルグ<2>謝肉祭の夜

ラフォルグについて
中原中也が
 
世界に詩人はまだ三人しかをらぬ。
ヴェルレエヌ
ラムボオ
ラフォルグ
ほんとだ! 三人きり。
 
と記した昭和2年4月23日の日記のほかに
もう一回記したのは
これよりずっと日を経た
昭和10年(1935年)の12月3日で
 
フランス語。ガルシン作「ナヂェーヂダ・ニカラーエヴナ」、「夜」、「極めて短い小説」を読む。ラフォルグの詩を少し。夜明け、鶏鳴を、坊や目覚めて独り真似てゐる。(以下略)
 
などとあります。
 
前年末に
ようやく「山羊の歌」を出版し1年が過ぎた頃で
四谷の花園アパートから市ヶ谷に転居
長男の文也も1歳2か月になりました
坊やとあるのは
文也のことです。
 
この頃
ランボーの翻訳に取り組み
翌昭和11年6月には
「ランボー詩抄」(山本書店)として結実しますが
建設社版ランボー全集が頓挫するなどの
紆余曲折を味わった後のことでした。
 
世界に詩人といえるのは
ベルレーヌ、ランボー、ラフォルグの3人
と記した時に比べて
この頃の中原中也の
フランス語の習熟度は
格段の進歩を遂げたに違いありませんが
8年以上の時間が経過しても
ラフォルグへの傾斜は
覚めることなく
翻訳にも取り組みました。
 
おそらく
連続して翻訳されたであろうと推定されている
ラフォルグの詩の
中原中也訳をここで
読んでみます。
 
念のため
この作品は
未定稿に分類されています。
 
 
(つづく)
 
 *
謝肉祭の夜
 
          ジュール・ラフォルグ
 
巴里は今晩大騒ぎ。弔鐘の如く時計台、
一時を打つ。歌へ! 踊れ! 朝露の命、
すべては空しい、――、さて空に、月は夢みる
生類の、発生以前と変りもなく。
 
なんと因果なことではないか! すべては閃きすべては過ぎる。
真理だ、愛だと、巧い言葉に乗せられながら
行手はいづこだ? とどのつまりは
地球が虚空で破裂して、影も形もなくなるまでか?
 
いろいろ歴史が並べて呉れる、叫びや涙や高言の
反響(こだま)は何処で、何時するのやら、
ねえ、バビロンよ、メンフィスと、ベナレス、テーベよ、ねえ羅馬、
おまへら廃墟でけふ此の頃は、風が花粉を運んでゐるよ。
 
さてこの俺だが、あと幾日を生きるやら?
俺は大地に身を投げつけて、叫びおののく、
永久返らぬ諸世紀の、綺羅(きら)燦然(さんぜん)の目の前で、
神意も通はぬ無心(こころな)の、涅槃(ねはん)の中の只中で!
 
と、聞えるぞ、静かな戸外(そとも)に、
響く跫音(あしおと)、悲しげな歌
祭りの帰りのへべれけの、労働者かな、
何れそこらの銘酒屋に、なんとなく泊まるのだらう。
 
おゝ、人の世は、あんまり悲しい、あんまりあんまり悲しいぞ!
お祭りといふお祭が、いつも涙の種となる。
《是空(ぜくう)だ、是空だ、一切是空だ!》
ところで俺の思ふこと、――ダヴィデの死灰やいまいづこ。
 
(「中原中也全訳詩集」講談社文芸文庫より)
 
 
 

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