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きらきら「初期詩篇」の世界/10「夕照」

その1

「夕照」が「夏の日の歌」の次に置かれているのは
「夏の日の歌」が「母」を歌ったのと
無縁ではないことを示すものでしょう。

第1連に
丘々は、胸に手を当て
退(しりぞ)けり。
――とあるのは
自然を人間に見立てた表現(擬自然法)であることは言うまでもありませんが
「胸に手を当てる」という行為がなにを意味するかは別としても
この行為の主格が女性であることは
想像に難(かた)くありません。

あえて言えば
この女性は「母」でしょう。

夕 照
 
丘々は、胸に手を当て
退(しりぞ)けり。
落陽(らくよう)は、慈愛(じあい)の色の
金のいろ。

原に草、
鄙唄(ひなうた)うたい
山に樹々(きぎ)、
老いてつましき心ばせ。

かかる折(おり)しも我(われ)ありぬ
少児(しょうに)に踏まれし
貝の肉。

かかるおりしも剛直(ごうちょく)の、
さあれゆかしきあきらめよ
腕拱(く)みながら歩み去る。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

「夕照」は
大岡昇平が戦地で立硝(りっしょう)中に口ずさんだ詩として
あまりにも有名になりました。

大岡がそのことを記した伝記の一部を
ここで読んでおきましょう。

 (前略)前線で立硝中、熱帯の夕焼を眺めながら、「夕照」を勝手な節をつけて歌った。

  丘々は、胸に手を当て
  退けり。
  落陽は、慈愛の色の
  金のいろ。

 「破調」の著しい第二連は思い出せなかった。私は軍隊生活を大体次の終連のような心意気で忍耐していた。

  かかる折しも我ありぬ
  少児に踏まれし
  貝の肉。

 同時に昭和四年頃私がこの詩を褒めた時の、中原の意地悪そうな眼附を思い出した。「センチメンタルな奴」とその眼附はいっていた。

(「在りし日の歌」大岡昇平全集第18巻所収。「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰ解題篇【参考】より孫引きです。読みやすくするために、改行を加えてあります。編者。)

この記述のインパクトは大きく
「夕照」が歌っている丘や原が
フィリッピンのミンダナオ島あたりの山野のイメージと重なります。

中也が歌ったのは
どこそこの土地というものではないにしても
やはりこの土地は
生地である山口県湯田温泉近辺であろうことは間違いないでしょうから
ミンダナオ島の山野がかぶさってきては
すこぶるスケールが巨大になるというものです。

「夕照」はしかし、もともとスケールの大きな作品でした。

「朝の歌」「臨終」「凄じき黄昏」と辿ってきた
文語詩の結晶のような作品でした。

その2

この詩を作っているときに
詩人が目にしている(想像している)のは自然(山野)ですから
そこに女性(母)が現われたわけではありませんし
胸に手を当てて退いたわけではありませんし
鄙唄を歌ったわけではありません。

詩人が見た自然が
そのように見えただけです。

にもかかわらず
そこに母がいると思えるのは
どのような詩の作り方からなのでしょうか?

夕 照
 
丘々は、胸に手を当て
退(しりぞ)けり。
落陽(らくよう)は、慈愛(じあい)の色の
金のいろ。

原に草、
鄙唄(ひなうた)うたい
山に樹々(きぎ)、
老いてつましき心ばせ。

かかる折(おり)しも我(われ)ありぬ
少児(しょうに)に踏まれし
貝の肉。

かかるおりしも剛直(ごうちょく)の、
さあれゆかしきあきらめよ
腕拱(く)みながら歩み去る。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

丘々が胸に手を当てて
あっちの方へ後退している
そこに落日の太陽が、慈愛に満ちた色に輝いて
金色だよ。

第1連は
よくあるように遠景の「描写」です。

この描写からして
スケールの大きさを感じさせます。

カメラがパンして
近くを捉えるのが第2連です。

大岡昇平が
「破調」ゆえに思い出せなかったというこの連は

原に草が生い茂り、
その様子が、鄙唄(ひなうた)を歌っているようであり
山の樹々は、
老いて謙虚なたたずまい(つましき心ばせ)を見せている
――という「風景描写」(擬自然法)であって
誰か人間が存在して
鄙びた唄(童謡か?)を歌っているのではないでしょう。

第1連の流れから
胸に手を当てて後ずさっていく女性が
鄙歌を歌っている情景が「描写」されているようにも取れますが
原や山に人の存在はないはずです。

そこにあたかも人間が出現したかのように「描写」したところに
この詩のスケールの大きさの源泉(もと)があります。

そうしたところへ
「貝の肉」です。
子どもに踏みつけられた――。

白日夢から目覚めさせられるような
リアルな展開です。

かかる折(おり)しも我(われ)ありぬ
――が、いきなりリアル(現実)を呼び戻すかのようです。

「我は見ぬ」ではなく
「我ありぬ」としたのは
現実の中に生存していることの強調です。

 

その3

遠景から近景へ
そして身辺へ――。

小児に踏まれた貝の肉は足下にあり
詩人は、そこに「在った」のでした。

遠景にも近景にも
存在しようにない人間が出現し
鄙唄まで歌うようですが
これは、そう見えたに過ぎない幻です。

幻の中に
母は現われたのです。

胸に手を当てるというしぐさは
祈るか、心を痛めるとかの喩(メタファー)でしょうか。

鄙唄は、童謡とか子守唄のようなものでしょうか。

自然、母をイメージするのは
このメタファーが利いているからです。

夕 照
 
丘々は、胸に手を当て
退(しりぞ)けり。
落陽(らくよう)は、慈愛(じあい)の色の
金のいろ。

原に草、
鄙唄(ひなうた)うたい
山に樹々(きぎ)、
老いてつましき心ばせ。

かかる折(おり)しも我(われ)ありぬ
少児(しょうに)に踏まれし
貝の肉。

かかるおりしも剛直(ごうちょく)の、
さあれゆかしきあきらめよ
腕拱(く)みながら歩み去る。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

この詩をよく見れば
ソネットです。

ソネットの形をしていますが
正調とは言えません。

第1連
5―7

5―7

第2連



7―5

第3連
7―5
8(4―4)

第4連
7―5
7―5
7―5

各連各行の「音数」は
ほぼきれいな5・7に整えられています。

ソネット(4行―4行―3行―3行)になっていますが
第1連から第3連までは
無理矢理に「行分け」を行い
無理矢理にソネットの形にしたかのような作りのため
各行の「音数」は不揃いです。

この詩は
ソネットを作るために行分けされたのでしょうか?

そうではありますまい。

 

その4

丘々、落陽、原、山と自然を「描写」し
その中に「母」が祈り、子守唄を歌うかのようなイメージが現れる前半部は
第3連で、
かかる折しも……と繋がれますが
第4連の
かかるおりしも……は前の全3連を受けています。

「折」と「おり」と使い分けて
そのことは示されています。

このことによって
この詩の重心は
俄然、後半2連へと移動するかに見えます。

夕 照
 
丘々は、胸に手を当て
退(しりぞ)けり。
落陽(らくよう)は、慈愛(じあい)の色の
金のいろ。

原に草、
鄙唄(ひなうた)うたい
山に樹々(きぎ)、
老いてつましき心ばせ。

かかる折(おり)しも我(われ)ありぬ
少児(しょうに)に踏まれし
貝の肉。

かかるおりしも剛直(ごうちょく)の、
さあれゆかしきあきらめよ
腕拱(く)みながら歩み去る。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

貝の肉とは何なんでしょうか?
それも、小児に踏まれた――とは?

唐突に現われる
この謎めいたモノ。

近くは「凄じき黄昏」に現われた
汚れた歯を隠すニコチン――のような。

その謎を解き明かす
研究者の顔になるまでもありません。

この謎こそ
詩の原型です。

最終連の「かかるおり」が
この謎のヒントになっています。

剛直でありながら
ゆかしい(奥ゆかしい)諦め……。

こんなときであるからこそ
諦めが肝心だ。

腕拱(く)みながら歩み去る。
――は、

「黄昏」の最終行
なんだか父親の映像が気になりだすと一歩二歩歩(あゆ)みだすばかりです

「帰郷」の最終行
ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云う
――などの相似形です。

歩み去った先に
見え隠れしているモノが
詩人にはくっきりと見えています。

そのモノ(原型)に促され
そのモノ(詩)へ
詩人の歩みは止まりません。

 

心は迸(ほとばし)ります。

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