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「白痴群」前後・愛の詩7「無題(緋のいろに心はなごみ)」

泰子を失った詩人は
それが理由だけとはいえないのですが
横浜の歓楽街へ足を伸ばします。
 
神を求めるのに似た行為なのかもしれません。
ほかに行くところがなかったのでしょう。
断崖絶壁に立つようであり
何かの「教え」を乞うかのようにです。
 
 
そこで「緋のいろ」に
なぐさまるのです。
「緋」とは
娼婦らの着る原色の衣装のことです。
 
 
無 題
 
緋(ひ)のいろに心はなごみ
蠣殻(かきがら)の疲れ休まる
 
金色の胸綬(コルセット)して
町を行く細き町行く
 
死の神の黒き涙腺
美しき芥もみたり
 
自らを恕(ゆる)す心の
展(ひろが)りに女を据えぬ
 
緋の色に心休まる
あきらめの閃(ひらめ)きをみる
 
静けさを罪と心得
きざむこと善しと心得
 
明らけき土の光に
浮揚する
   蜻蛉となりぬ
 
 
憔悴した心とからだを携(たずさ)えて
詩人は足のおもむくままに
横浜の街を彷徨(さまよ)います。
 
横浜は
母フクが生まれ幼時を過ごした土地でもあります。
 
 
心の底に泰子が沈んでいたのか
泰子を忘れようとしたのか
友人たちの憐れみ嘲笑するような眼差しが飛来するのか――。
 
へとへとになって
「蠣殻(かきがら)の疲れ」に襲われます。
 
堆積していく疲労の底に現われるのは、
「死の神の黒き涙腺」
「美しき芥」。
 
ここにも「神」が登場し
「芥」が出てきますが
ここでは象徴化されたイメージは
手の届く距離に結ばれそうです。
 
 
伊勢崎町、日の出町、曙町……
大岡川に沿って
たくさんの小路が枝を伸ばす一帯を
どこまでもどこまでも
詩人は飽きずに歩いたのでしょう。
 
一夜を明かした詩人は
朝の光の中に
ふわりふわりと浮いている蜻蛉(トンボ)を見るのです。
 
ああ、自分がいる!
 
 
「むなしさ」を歌った詩人と
ほとんど変わらない頃の作品と見てよいでしょう。
 
両作品には
ふるえるような孤独感が
流れています。
 
19世紀末ペテルスブルグの下町を行く
ラスコリニコフを見るようです。

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