きらきら「初期詩篇」の世界/12「宿酔」
その1
「初期詩篇」は
「ためいき」の後に
「春の思い出」「秋の夜空」「宿酔」の3作を配置して閉じます。
これら3作は
まるで「ためいき」の反発から置かれたような作品です。
◇
「秋の夜空」は
近景から遠景への視点移動であるために
事態をしばし把握しかねたその後に
星々(や月)の輝き競う様子が擬人化され
夫人たちの宴として幻想された世界であることを了解しました。
そのうえ遠近が倒置されていたようで
「理屈」でとらえようとすると分かりにくかったのですが
冒頭の1行のセリフに誘(いざな)われ
いきなり宴の中に立たされるので
すんなりと詩世界へなじむことができました。
◇
これはマジックにあったようなことでした。
「宿酔」も
「秋の夜空」のマジックがきいているかのような詩です。
◇
宿 酔
朝、鈍(にぶ)い日が照ってて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
私は目をつむる、
かなしい酔いだ。
もう不用になったストーヴが
白っぽく銹(さ)びている。
朝、鈍い日が照ってて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
4行×3連の構成。
第1連と第3連は全く同一の詩句、ルフランですから
全体はきわめてシンプルな作りです。
目前に見ている現実の風景(空)が
「喩(ゆ)」によって
一瞬にして天使のバスケットボールに変じるのは
「秋の夜空」が夫人たちの宴に変じるのと似ていますが
こちらの作りは単純です。
「喩」が見事に決まったために
こちらも詩の中に入るのに
抵抗感はまったくありません。
◇
この詩もタイトルが
利いているのです。
「ふつかよい」か「しゅくすい」か――。
遅い朝を起き出した詩人が見ているのは
鈍い日。
快晴でもなく
曇天でもなく
ぼんやりと明るい空で
風だけが元気に活動しています。
昨夜の酒が残っていて
景色を観賞したり
もの思いにふけったりする以前の状態をとらえました。
風が
あたかも天使のバスケットボールに見えたのです。
◇
その2
「サーカス」の空中ブランコから
「秋の夜空」の夫人たちの宴、影祭りへ……。
こちらが夜空に浮かびあがるパノラマならば
「朝の歌」の「ひろごりてたいらかの空」は
きえてゆくうつくしき夢。
「宿酔」の朝は
鈍い日に吹き渡る風の中に
千の天使のバスケットボールを詩人に幻視させます。
◇
宿 酔
朝、鈍(にぶ)い日が照ってて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
私は目をつむる、
かなしい酔いだ。
もう不用になったストーヴが
白っぽく銹(さ)びている。
朝、鈍い日が照ってて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
「宿酔」に「初期詩篇」の掉尾(とうび)を飾らせたわけが
すこし見えてきたような気がします。
◇
ここで、初期詩篇22篇を
歌っている内容の「時間帯」だけで分類してみましょう。
詩集の順序に沿って見てみます。
夕方、落日の歌なら
「春の日の夕暮」や「黄昏」「凄じき黄昏」「夕照」「春の思い出」
夜の歌なら
「月」「サーカス」「春の夜」「都会の夏の夜」「深夜の思い」「冬の雨の夜」「ためいき」「秋の夜空」
昼の歌なら
「帰郷」「逝く夏の歌」「夏の日の歌」
朝の歌なら
「朝の歌」「臨終」「秋の一日」「悲しき朝」「港市の秋」「宿酔」
――となるでしょうか。
この上に春夏秋冬が歌い分けられているのです。
それぞれの詩が扱う時間帯にはもちろん「幅」があります。
「帰郷」は朝か昼か夕方か判定しがたい作品です。
「ためいき」は夜から夜明け、翌日の昼までを歌います。
◇
朝であれ昼であれ夕方であれ夜であれ
中也の詩には「空」が頻繁に現われます。
◇
「宿酔」は
メッセージを強く打ち出した詩ではありません。
A―B―Aという「2部形式」ですから
第1連、第3連はまったく同一の詩行の繰り返し(ルフラン)で
ここには
鈍い日の照る「遅い朝」を迎えた詩人が
風の中に天使がバスケットボールをしているのを見るという
あり得ないイメージが「描写」されるだけです。
ここにメッセージはありません。
◇
第2連は不思議な内容です。
目をつむると
むしろ「現実」が見えてきます。
ここは目をつむらなくとも見えるはずの景色なのに
目をつむるのです。
不用になったストーヴが/白っぽく銹(さ)びている。
――という景色は
詩人のいる部屋に見えるはずにもかかわらず。
◇
ここにも
たくまれた「転倒」の技があり
メッセージはここに潜んでいます。
◇
その3
千の天使が/バスケットボールする。
――というのは、「喩」ですから
空で実際に天使たちがバスケットボールしているのが見えたわけではありません。
◇
宿 酔
朝、鈍(にぶ)い日が照ってて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
私は目をつむる、
かなしい酔いだ。
もう不用になったストーヴが
白っぽく銹(さ)びている。
朝、鈍い日が照ってて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
二日酔いの頭が「めまい」を覚えて
俗に、目がチカチカするといい
医学的には、
眼精疲労とか偏頭痛とか閃輝暗点(せんきあんてん)とかという状態になって
それをバスケットボールが弾んでいる情景に喩えたのでしょう。
それをジョーク気味に使ったものに過ぎず
詩的表現などと詩人は考えてもいなかったはずです。
◇
それよりも
朝、鈍(にぶ)い日が照ってて/風がある。
――という2行の
何の変哲もないような言葉使い!
照ってて
――という舌足らずの意図的な使用!
風がある
――だけで、詩になってしまう!
この平凡な詩行が
「天使たちのバスケットボール」を際立たせています。
◇
第2連の
目をつむると見えるかのようなストーブも
このマジックのような措辞(そじ)が生み出すものです。
部屋の片隅に
もう不用になったストーブが/白っぽく銹びている。
――のを、詩人は瞑目(めいもく)して見ます。
そこに厳然としてあるはずのストーブを
目をつむって見たかのような作りです。
◇
かつて「朝の歌」で歌った場面と「宿酔」の場面は
似ているようで似ていません。
それは
「はなだ色の空」と「鈍い日が照ってる空」の違いばかりではないようです。
◇
その4
「朝の歌」の喪失感や倦怠感と同じようなものが
「宿酔」にも流れていることは確かですが
同じような場面を歌って
孤独感・疎外感がくっきりしたのは「宿酔」のほうで
「椅子を失くした」と歌った「港市の秋」に近くなっています。
「朝の歌」は「文語ソネット」
「宿酔」は「口語2部形式」というのも決定的な違いです。
「宿酔」も定型への意識は崩していないものの
「照っていて」としないで「照ってて」とし
(「バスケットボールをする」としないで「バスケットボールする」とし)
行儀正しい言葉を排して会話体を選びましたし
「風がある」とぶっきらぼうなほどシンプルに仕立てたところなどに
「朝の歌」から離れようとする意志が感じられます。
◇
宿 酔
朝、鈍(にぶ)い日が照ってて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
私は目をつむる、
かなしい酔いだ。
もう不用になったストーヴが
白っぽく銹(さ)びている。
朝、鈍い日が照ってて
風がある。
千の天使が
バスケットボールする。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
「宿酔」というタイトルも
「しゅくすい」と音読みにするよりは
「ふつかよい」と日常使われている「音(おん)」で読ませたいはずですし
「ふつかよい」の方が
若々しく強く俗っぽいし
……
「初期詩篇」が
「春の思い出」
「秋の夜空」
「宿酔」の3作品で閉じられた意図も浮かび上がってきます。
◇
「宿酔」は
「山羊の歌」の全ての詩の中で
「羊の歌」と「いのちの声」とともに
草稿と初出誌がない作品です。
(「新全集」詩Ⅰ・解題篇)
3作品は、この詩集が編まれる中で作られたことを示すものです。
「初期詩篇」の掉尾(とうび)を飾る作品として
「宿酔」が制作され配置されたということは
「羊の歌」「いのちの声」が
「山羊の歌」の最終詩として制作され配置されたことと
パラレルな位置にある(意味がある)ということになります。
◇
詩人は後年(1936年、昭和11年)、「我が詩観」を書き
創作履歴「詩的履歴書」を添えています。
中に「朝の歌」について書いた一節があり、
大正十五年五月、「朝の歌」を書く。七月頃小林に見せる。それが東京に来て詩を人に見せる最
初。つまり「朝の歌」にてほぼ方針立つ。方針は立ったが、たった十四行書くために、こんなに手数
がかかるのではとガッカリす。
――と記しているのはよく知られたことです。
「山羊の歌」の編集時点から4年を経過しているときの記述ですが
この記述に「朝の歌」への評価への違和感が表明されていると感じられてなりません。
次項 ギロギロする目が見た/「少年時」へ続く
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