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「ノート小年時」について

 
 
 「ノート小年時」とは、中原中也が詩の清書用に使っていたノートで、表紙に詩人の手で「小年時」と記され、その回りが菱形の罫線で飾られてあることから呼んでいるもので、全部で16篇の詩が記されました。
 
 詩人が、このノートのタイトルを「小年時」と、アルチュール・ランボーの散文詩「少年時」(Enfance》にヒントを得てつけたのは、単なる偶然ではなく、「運命的で必然的」といえるような出会いがあったからで、さまざまなエピソードが伝わっています。
 
 そもそも、後に「山羊の歌」中に「少年時」という章題をもつ第2章が設けられているのは広く知られたことですが、「山羊の歌」の編集は昭和7年4月─6月のことですから、「ノート小年時」の最後の詩「湖上」が制作されてから2年後のことになります。
 
 中原中也がランボーの名を知ったのは、京都時代に正岡忠三郎や冨倉徳次郎やとりわけ富永太郎との交友をはじめてからのことです。上京して太郎を介して知った小林秀雄ら帝大仏文科の学生に、ランボーを知らない者は多くはありませんでしたし、大正14年後半には、鈴木信太郎訳「近代仏蘭西象徴詩抄」に収められたランボーの「少年時」を原稿用紙7枚に筆写しています。
 
 ノートは、昭和2年(1927年)から使われはじめたことが推定されていますが、詩篇としては昭和3年(1928年)12月18日制作の「女よ」が最も古く、昭和5年(1930年)6月15日制作の「湖上」が最新です。
 
 ノートの使用の最古は昭和2年にさかのぼることができ、昭和5年以降も詩人はこのノートを開いては発表のために推敲を加えたり、詩集発行のための作品にチェックを入れたりしていますが、「新全集」以来、詩篇の制作日順に配置したものを「ノート小年時」(1928年〜1930年)と表記することになっています。
 
 

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