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末黒野

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(ダダイストが大砲だのに)

 
ダダイストが大砲だのに
女が電柱にもたれて泣いていました

リゾール石鹸(せっけん)を用意なさい
それでも遂(つい)に私は愛されません

女はダダイストを
普通の形式で愛し得ません
私は如何(どう)せ恋なんかの上では
概念の愛で結構だと思っていますに

白状します――
だけど余りに多面体のダダイストは
言葉が一面的なのでだから女に警戒されます

理解は悲哀です
概念形式を齎(もたら)しません
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ
 
ツツケンドンに
女は言ひつぱなして出て行つた
(ツツケンドンに)
 
女は鋏を畳の上に出したまゝ
出て行つた
(女)
 
この2作と
ほど遠くはない日に書かれたものでしょう。
あるいは
同じ事件を扱っているのかもしれません。
 
(ダダイストが大砲だのに)も
詩人と女(=泰子)の暮らしが
平坦なものではなく
普通に波乱に富んだものであることを
想像させるのに難くない
ありふれた
男女関係の断面を
垣間見せます。
 
出ていった女を
追いかけていったのか
 
ダダイストが大砲だのに
女が電柱にもたれて泣いてゐました
 
ダダイストは大砲だっていうのに
女は電柱にもたれて泣いていました
 
大砲とは
ダダイストの比喩としては
よくも言ったと思えるほどに
大した存在を表わします。
色々な属性が考えられますが
それとは比べものにならないしおらしさで
女は電柱に寄りかかり
しくしく泣いていたのです。
このミスマッチを
冒頭2行は捉えます――。
 
予期せぬ(?)反抗に遭い
たじたじだった詩人は
ようやく
一歩下がったところで
ダダイストである自己に立ち返ります。
 
石鹸で泣き顔を
洗うといいよ、と言ったかどうか
逆に
悪態をつかれる結果になったか
私は遂に愛されません。
 
女はダダイストを
世間一般の形で愛そうとしても無理なのです。
私はどうせ恋なんてものは
概念の愛でしかないと思っているのですから。
 
白状しますと
あまりにも多面体のダダイストであるくせに
私が女に語る言葉は
あまりにも一面的に的を射るものだから
女には警戒されてしまうのです。
(このあたり、よーくわかってはいるのですが……ついつい)
 
恋なんて
世俗的には
相互理解ってなものです
つまりは
悲哀です
概念形式をもたらすものではありません
 
ダダになると
強気の詩人が現れるようです。
 
 

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