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(秋が来た)

 
秋が来た。
また公園の竝木路(なみきみち)は、
すっかり落葉で蔽(おお)われて、
その上に、わびしい黄色い夕陽は落ちる。

それは泣きやめた女の顔、
ワットマンに描かれた淡彩、
裏ッ側は湿っているのに
表面はサラッと乾いて、

細かな砂粒をうっすらと附け
まるであえかな心でも持ってるもののように、
遥(はる)かの空に、瞳を送る。

僕はしゃがんで、石ころを拾ってみたり、
遐(とお)くをみたり、その石ころをちょっと放(ほ)ったり、
思い出したみたいにまた口笛を吹いたりもします。
 

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ひとくちメモ

(秋が来た)には

日付が記されていませんが

使用された原稿用紙、筆記具、インク、筆跡が

「竜巻」

「山上のひととき」

「四行詩」と同じものなので

1935年初秋の制作と推定されている作品です。

4433のソネットで

都会の秋の

ほとんどが風景描写のようでありながら

僕の所在無さとか孤独感とかが

けれんみなく歌われているところは

やはり中原中也の詩で

センチメンタルな要素が少しもありません。

公園の並木は

公孫樹(イチョウ)でしょうか。

公孫樹以外の落葉でしょうか。

夕方の陽の光が落葉の上に落ちて

わびしい黄色に輝いているのです。

まるで泣き止んだ女の顔のようで

純白で上質の画用紙ワットマンに描いた淡彩画です。

裏側は湿っぽいのに

表はサラッと乾いています。

細かい砂粒をまぶしたように装い

今にも消え入りそうなか弱い女心を持つかのように

遥かな空を見やっているのですが……

僕はといえば

しゃがんで、石ころを拾ってみたり

遠くを見たり

拾った石ころをちょっと放ってみたり

思い出すように口笛を吹いてみたり……

たけなわを迎えた秋の中に

溶け込んでいるかのような詩人は

もはや

秋という季節の点景と化しているのです。

 

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