春の雨
昨日は喜び、今日は死に、
明日は戦い?……
ほの紅の胸ぬちはあまりに清く、
道に踏まれて消えてゆく。
歌いしほどに心地よく、
聞かせしほどにわれ喘(あえ)ぐ。
春わが心をつき裂きぬ、
たれか来りてわを愛せ。
ああ喜びはともにせん、
わが恋人よはらからよ。
われの心の幼くて、
われの心に怒りあり。
さてもこの日に雨が降る、
雨の音きけ、雨の音。
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ひとくちメモ
幻となった第一詩集には
タイトルらしきものの候補が
詩人によって日記の中にメモされて残っています。
昭和2年3月9日の日記に
「題なき歌」
「無軌
「乱航星」
「生命の歌」
「浪」
「空の歌」
「瑠璃玉」
「青玉」
「瑠璃夜」
などが記され
ほかにも
日記帳の裏表紙に
「無題詩集」
「空の餓鬼」
「孤独の底」
と記され
詩人の筆名らしき「深川鉄也」も見られます。
また、
大岡昇平は
「山羊の歌」第2章の「少年時」を
幻の第一詩集のタイトルと推定しています。
(新全集第一巻・詩Ⅰ解題篇)
「春の雨」は
原稿用紙に清書された
昭和2~3年制作(推定)の作品。
幻となった第一詩集のための清書と
考えられています。
第1連にある「胸ぬち」は
「胸の内」の意味です。
詩人の歩行は続けられ
昨日は喜び、今日は死に、
明日は戦ひ?……
と歌われるのは
酒交じりの席での意気投合や
論争や口論や取っ組み合い(?)の日々が
明日も続くかと恐れる気持ちの発露でしょうか。
詩をめぐる談論風発ならまだしも
そこに
「愛」はなかったものでしょうか。
酔いを回して歌えば心地よく
弁舌を聞かせれば心苦しく
春の夜に
詩人の心は切り裂かれ
こんなんじゃないやい
ぼくを愛する人よ、来いやい
喜びをともにしよう
恋人よ 友よ
ぼくの心が狭いばかりに
怒りがどうも先に立つ
こんな時だというのに雨だ雨だ
ああ 雨の音だ――。
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