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春の雨

 
昨日は喜び、今日は死に、
明日は戦い?……
ほの紅の胸ぬちはあまりに清く、
道に踏まれて消えてゆく。

歌いしほどに心地よく、
聞かせしほどにわれ喘(あえ)ぐ。
春わが心をつき裂きぬ、
たれか来りてわを愛せ。

ああ喜びはともにせん、
わが恋人よはらからよ。

われの心の幼くて、
われの心に怒りあり。

さてもこの日に雨が降る、
雨の音きけ、雨の音。
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ

幻となった第一詩集には

タイトルらしきものの候補が

詩人によって日記の中にメモされて残っています。

昭和2年3月9日の日記に

「題なき歌」

「無軌

「乱航星」

「生命の歌」

「浪」

「空の歌」

「瑠璃玉」

「青玉」

「瑠璃夜」

などが記され

ほかにも

日記帳の裏表紙に

「無題詩集」

「空の餓鬼」

「孤独の底」

と記され

詩人の筆名らしき「深川鉄也」も見られます。

また、

大岡昇平は

「山羊の歌」第2章の「少年時」を

幻の第一詩集のタイトルと推定しています。

(新全集第一巻・詩Ⅰ解題篇)

「春の雨」は

原稿用紙に清書された

昭和2~3年制作(推定)の作品。

幻となった第一詩集のための清書と

考えられています。

第1連にある「胸ぬち」は

「胸の内」の意味です。

詩人の歩行は続けられ

昨日は喜び、今日は死に、

明日は戦ひ?……

と歌われるのは

酒交じりの席での意気投合や

論争や口論や取っ組み合い(?)の日々が

明日も続くかと恐れる気持ちの発露でしょうか。

詩をめぐる談論風発ならまだしも

そこに

「愛」はなかったものでしょうか。

酔いを回して歌えば心地よく

弁舌を聞かせれば心苦しく

春の夜に

詩人の心は切り裂かれ

こんなんじゃないやい

ぼくを愛する人よ、来いやい

喜びをともにしよう

恋人よ 友よ

ぼくの心が狭いばかりに

怒りがどうも先に立つ

こんな時だというのに雨だ雨だ

ああ 雨の音だ――

 

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