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中原中也詩集

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僕は卓子(テーブル)の上に、
ペンとインキと原稿紙のほかなんにも載(の)せないで、
毎日々々、いつまでもジッとしていた。

いや、そのほかにマッチと煙草(たばこ)と、
吸取紙(すいとりがみ)くらいは載っかっていた。
いや、時とするとビールを持って来て、
飲んでいることもあった。

戸外(そと)では蝉がミンミン鳴いた。
風は岩にあたって、ひんやりしたのがよく吹込(ふきこ)んだ。
思いなく、日なく月なく時は過ぎ、

とある朝、僕は死んでいた。
卓子(テーブル)に載っかっていたわずかの品は、
やがて女中によって瞬(またた)く間(ま)に片附(かだづ)けられた。
――さっぱりとした。さっぱりとした。
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ
 
「夏(僕は卓子の上に)」は
昭和12年8月に創刊された
タブロイド判の月刊新聞「詩報」の第2号に初出し
「文学界」の昭和12年12月号(同年12月1日付け発行)に
没後発表された作品。
 
中原中也が死去後
遺稿を託された小林秀雄が
生前の発表を知らずに
「文学界」の「中原中也追悼号」に
「遺作集四篇」として掲載した作品の一つです。
 
「文学界」に発表されたのは
「無題」とされた本作のほかに
「桑名の駅」
「少女と雨」
「僕が知る」の4篇でした。
 
「詩報」へ初出し
「文学界」へ再出したものの
制作日は
「文学界」再出作品のほうが
「詩報」初出作品よりも
早かったという経緯をもつ詩です。
 
再出作品が第一次形態で
初出作品が第二次形態なのです。
 
第二次形態「夏」の制作は
昭和12年8月下旬~9月4日と推定されていますから
10月22日の死亡日の
およそ2か月前に
歌われた詩ということになります。
 
詩人が
自分の死を
 
思ひなく、日なく月なく時は過ぎ、
 
とある朝、僕は死んでゐた。
 
と歌うのをなぞっていると
予言というよりも
自分の死を
詩人は
肉眼で
見ていたのではないか、と
疑いたくなるような
リアルなものが感じられます。
 
これは
 
ホラホラ、これが僕の骨だ、
(1934年4月28日制作の「骨」)
 
と同じものですが
これを歌って
約2か月して
実際に詩人が亡くなってしまうことを知れば
「これが僕の骨だ」にあった滑稽感はなくなり
詩人の死への畏怖が
否応もなく
重々しく
伝わってきます。
 
ひるがえって
「骨」を読み返せば
この「夏」の3年以上前に作られた「骨」から
滑稽感は消えうせ
リアル感がかぶさってくるのですから
不思議といえば不思議
……
 
となれば
 
倦怠(けだい)のうちに死を夢む
(1930年1―2月制作推定の「汚れつちまつた悲しみに……」)
 
の「死」も
いま
ここに
よみがえってきて
ゾクゾクしてくるものがあります。
 
 

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