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末黒野

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コキューの憶い出

 
その夜私は、コンテで以(もっ)て自我像を画(か)いた
風の吹いてるお会式(えしき)の夜でした

打叩(うちたた)く太鼓の音は風に消え、
私の机の上ばかり、あかあかと明り、

女はどこで、何を話していたかは知る由(よし)もない
私の肖顏(にがお)は、コンテに汚れ、

その上に雨でもバラつこうものなら、
まこと傑作な自我像は浮び、

軋(きし)りゆく、終夜電車は、
悲しみの余裕を奪い、

あかあかと、あかあかと私の画用紙の上は、
けれども悲しい私の肖顏が浮んでた。
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ

満州事変や

弟の死を歌った詩人が

次に

モチーフとしたのは

またしても

長谷川泰子との辛い事件の思い出でした。

「コキューの憶ひ出」

「細心」

「マルレネ・ディートリッヒ」の3作では、

ふたたび

「悲しき画面」に戻ったかのように

女性が歌われます。

「コキューの憶ひ出」には、

友人に恋人を奪われた

悔しい人である詩人というよりも

テンツク テンテンツク テンテンツク……

池上本門寺の太鼓の音が響く

お会式の日の夜に

机に向かって

詩想を練っている詩人に

じわじわと襲いかかる

悲しみが前面に出ています。

詩句をたどれば

夜中に自画像を描いていることになりますが

実際は絵を描いているのではなく

自我と向き合っているだけで、

(自画像ではなく自我像と詩人は常に書きます)

詩作のために考え事をしていると

その想像の世界に浮かんでくる自分の顔が

悲しみに歪(ゆが)んでいるのが

わかります。

コンテで描いた肖像が

雨に濡れて

傑作な自我像の完成だい!

お会式の夜には

特別列車が走るので

その終夜運転の電車の音で

悲しみが紛らわされることもあったのだけれど

それが通り過ぎれば

悲しみに打ちひしがれた顔が

煌々とそこだけ明るい

部屋の机の上の

原稿用紙の中から

くっきりと

浮かび上がってくるのでした。

「悲しき画面」と

そっくりな

詩の構造は

幻想的で映画的です。

Cocu

コキューとかコキュとか発音し、

恋人や妻を寝取られてしまった男

という意味のフランス語ですが

これを

詩のタイトルに使うなんて

やはり、これは

中原中也ならではのものでありそうです。

小説や戯曲の題材としてなら

古今東西、

数多(あまた)の作品が

作られてきましたし、

詩作品にも

三角関係や失恋の歌ならば

たくさん歌われてきましたが……

 

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