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夏日静閑

 
暑い日が毎日つづいた。
隣りのお嫁入前のお嬢さんの、
ピアノは毎日聞こえていた。
友達はみんな避暑地(ひしょち)に出掛け、
僕だけが町に残っていた。
撒水車(さんすいしゃ)が陽に輝いて通るほか、
日中は人通りさえ殆(ほと)んど絶えた。
たまに通る自動車の中には
用務ありげな白服の紳士が乗っていた。
みんな僕とは関係がない。
偶々(たまたま)買物に這入(はい)った店でも
怪訝(けげん)な顔をされるのだった。
こんな暑さに、おまえはまた
何条(なんじょう)買いに来たものだ?
店々の暖簾(のれん)やビラが、
あるとしもない風に揺れ、
写真屋のショウインドーには
いつもながらの女の写真。
 
              一九三七、八、五
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ

「夏日静閑」は
カジツセイカンと読むのでしょうか。
「シズカナナツノヒ」もあり得ます。
夏休みに入った街の風景と
所在なさげで
「倦怠(けだい)」の中にある詩人を歌った詩です。
昭和12年(1937年)8月5日の制作日が
詩末尾に記されてあり確定できます。
 
「生前発表詩篇」の最後の詩で
発表されたのは
「文芸汎論」の昭和12年10月特大号で
同年10月1日付けの発行です。
 
ということは
町とは
このころ住んでいた
鎌倉の町のことでしょうか――。
 
隣りの家からピアノが聞こえ
散水車が陽を浴びて通り
たまに通る自動車には
白い服の紳士が乗り
買物に入った店では
いまどき何を買いに来たのって
怪訝に思われ
暖簾が揺れ
ビラが揺れ
写真店のウィンドーには
いつも飾ってある女性の顔のアップ
……
 
ガランとした
鎌倉の町の夏が
見えるようです。
 
詩人は
ここ鎌倉へ
千葉の中村古峡療養所を退院してすぐの
2月下旬に引っ越してきました。
年上の僚友・関口隆克のはからいもあって
寿福寺境内に建つ一軒家を
借りることができたのです。
 
鎌倉には
小林秀雄
大岡昇平
佐藤正彰
今日出海ら旧知をはじめ
 
川端康成
林房雄
島木健作
深田久弥ら「文学界」同人らが住んでいましたし
 
文也亡き後に
文也と暮した市ヶ谷・谷町から
早く離れたかったからです。
 
ということで
鎌倉で暮らして
およそ半年が経過して
はじめて迎える夏に
この詩は作られました。
 
半年暮して
詩人は
鎌倉という土地柄へ順応し
各誌紙への発表も
おこたりなく続けていたようにみえますが
次第にストレスを貯めるようになり
 
たとえば
7月7日付け阿部六郎宛書簡には
 
「ほとほと肉感に乏しい関東の空の下にはくたびれました。それに去年子供に死なれてからといふものは、もうどんな詩情も湧きません。瀬戸内海の空の下にでもゐたならば、また息を吹返すかも知れないと思ひます。」
 
など記すようになりました。
帰郷の意志を
このころには固めていたのです。
小林秀雄に
「在りし日の歌」の原稿を託すのは
9月26日のことです。
 
「夏日静閑」には
 
港の市の秋の日は、
大人しい発狂。
私はその日人生に、
椅子を失くした。
(「港市の秋」昭和4年8月制作)
 
と遠い昔に歌ったのと似た
疎外感がよみがえり
……
 
またもや
居場所をなくした詩人の嘆きが
倦怠=けだいの響きにくるまれて
流れているかのようです。
 
 

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