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末黒野

中原中也全詩集

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蝉(せみ)が鳴いている、蝉が鳴いている
蝉が鳴いているほかになんにもない!
うつらうつらと僕はする
……風もある……
松林を透いて空が見える
うつらうつらと僕はする。

『いいや、そうじゃない、そうじゃない!』と彼が云(い)う
『ちがっているよ』と僕がいう
『いいや、いいや!』と彼が云う
「ちがっているよ』と僕が云う
と、目が覚める、と、彼はもうとっくに死んだ奴なんだ
それから彼の永眠している、墓場のことなぞ目に浮ぶ……

それは中国のとある田舎の、水無河原(みずなしがわら)という
雨の日のほか水のない
伝説付の川のほとり、
藪蔭(やぶかげ)の砂土帯の小さな墓場、
――そこにも蝉は鳴いているだろ
チラチラ夕陽も射しているだろ……

蝉が鳴いている、蝉が鳴いている
蝉が鳴いているほかなんにもない!
僕の怠惰(たいだ)? 僕は『怠惰』か?
僕は僕を何とも思わぬ!
蝉が鳴いている、蝉が鳴いている
蝉が鳴いているほかなんにもない!
 
      (一九三三・八・一四)


 

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ひとくちメモ

海や結婚の話題とは対照的に 

墓場のある 

故郷の水無河原が歌われます。

「蝉」は

「怠惰」を歌って4日後の

1933年8月14日の制作。

蝉が鳴いているのは

「怠惰」と変わりませんが

第2連の僕と彼の会話は

死んだ弟のことで

1915年(大正4年)に死んだ弟・亜郎(次男)か

1931年(昭和7年)に死んだ弟・恰三(三男)か。

第3連の水無河原は

郷里山口の吉敷川(よしきがわ)のことで

「在りし日の歌」の「一つのメルヘン」の

舞台として有名です。

同じ連の最終行

チラチラ夕陽も射してゐるだろ……

は、「一つのメルヘン」の

「それに陽は、さらさらと

さらさらと射してゐるのでありました」を

連想させます。

蝉が鳴く遅い午後

うつらうつら

僕は

松林の向こうに空が透けて見えるところで

まどろみに入り

夢を見ます。

弟が出てきて

そうじゃないそうじゃない、と言うので

僕は、

違うよちがうよ、と応じます。

詩人は

はっとして目覚めて

夢と知り

墓場のことなどに

思いを馳せるのです。

あの水無川の河原のそばの

先祖代々の墓は

どうなっているだろう

あそこでも蝉は鳴いているだろう

チラチラと夕陽が射しているだろう

その思いをさえぎるかのように

蝉はいよいよかしましく鳴き

蝉の声以外は何にもない世界

蝉時雨(せみしぐれ)です。

僕は

そうして蝉の声の中で

僕の怠惰と向かい合います。

怠惰か

怠惰か

随分と親しくしてきたよな!

怠惰よ

僕は

怠惰ゆえに

僕を何とも思わない

思わないぞ

ああ

それにしても

蝉が鳴いている

蝉の声のほか何にもない――。

 

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