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地極の天使

 
 われ星に甘え、われ太陽に傲岸(ごうがん)ならん時、人々自らを死物と観念してあらんことを! われは御身等を呪う。
 心は腐れ、器物は穢(けが)れぬ。「夕暮」なき競走、油と虫となる理想! ―――言葉は既に無益なるのみ。われは世界の壊滅を願う!
 蜂の尾と、ラム酒とに、世界は分解されしなり。夢のうちなる遠近法、夏の夜風の小槌(こづち)の重量、それ等は既になし。
 陣営の野に笑える陽炎(かげろう)、空を匿(かく)して笑える歯、―――おお古代!―――心は寧(むし)ろ笛にまで、堕落すべきなり。
 家族旅行と木箱との過剰は最早(もはや)、世界をして理知にて笑わしめ、感情にて判断せしむるなり。―――我は世界の壊滅を願う!
 マグデブルグの半球よ、おおレトルトよ! 汝等祝福されてあるべきなり、其(そ)の他はすべて分解しければ。
 マグデブルグの半球よ、おおレトルトよ! われ星に甘え、われ太陽に傲岸ならん時、汝等ぞ、讃(たた)うべきわが従者!
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ

草稿は存在しないけれど

雑誌に掲載された作品評に

全文が引用されたために残った詩篇が

「地極の天使」で

昭和2年(1927年)春に

制作されたものと推定されています。

この作品を論じたのは

評論家・河上徹太郎で

作品評は「中原中也の手紙」というタイトル。

「文学界」昭和13年10月号誌上に発表したものですが

元になったのは

中原中也が河上宛書簡に同封した草稿で

これは戦災で書簡もろとも

焼失してしまいました。

中原中也は、

昭和2年(1927年)の春に、

河上徹太郎を知りました。

河上は後に

中原中也との初対面の様子を

 初対面の日、彼は機嫌よく、又慇懃であつた。そして紳士の初訪問の如く、短時間で辞した。立ち去る時、君には今度 出来た詩を見て貰ひたい、といった。

 その次に数日してやってきた時見せてくれた詩は、確か忘れない積りだが、「地獄の天使」という題で、(以下略)

――などと、記しました。

(「私の詩と真実」所収「詩人との邂逅」講談社文芸文庫)

河上はこのとき

「地獄の天使」と誤記しましたが

原作は「地極の天使」です。

「中原中也の手紙」は

河上宛に中也が書いた手紙に言及したもので

その手紙には「地極の天使に添えて」とあり

中也が自作にコメントしたものでした。

中也は

「この詩には沢山の思想、沢山の暗示があります。もつと平明に、もつと普通の文章法で、語られるものなら語りたいのですが、それは叶ひません」と

河上に説明しています。

河上のこの詩への鑑賞は

当時、よく原作者詩人と会話した人ならではの読みがあり

戦後に書かれた

「日本のアウトサイダー」中の「中原中也」や

「私の詩と真実」中の「詩人との邂逅」で

「広く知られることになりましたから

ここでもその読みにふれておきますと――

河上徹太郎は

ざっと要約すれば

この詩の中の

「家族旅行と木箱」と

「マグデブルグの半球とレトルト」

という対比に注目し

この対比は

河上の対社会的意識の中の混淆を

一挙に解決したアバンギャルドだった、

という感想を述べます。

(「詩人との邂逅」)

わかったような

わかりにくいような

それこそ中也の欲するように

もう少し「平明に」語れないものかと

文句の一つを言いたくなるような

インテリゲンチャーの言葉ですが

平たく言えば

河上の対社会意識の中に存在した

「家族旅行と木箱」と

「マグデブルグの半球とレトルト」が

混淆していて絡まりあい

未分化なまま自覚されずにあったものが

この詩のように言われてみて

(というのは、河上に向けて言われた言葉であることを河上自身が認識していて)

二つのものへと分化したため

「スカッと」し

「魂の中まで見透された気がした」

ということを河上は告白しました。

もっと平たく言うと

河上さん

あなたは

「家族旅行」を目指しているのか

「マグデブルグの半球」へ向かうのか

いったいどっちなんだい?

と中原中也に問われて

頭の中がスッキリした、と

河上徹太郎は告白しているのです。

まもなく同人誌「白痴群」では

中也とともに両輪となり

ずっと後の戦後10数年を経ては

「日本のアウトサイダー」の著者となる河上徹太郎です。

昭和初期に

その河上が

中原中也から

少なからぬ暗示を受けたことを

これら「地極の天使」への評言が

自ら物語っていることになります
 

 

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