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血を吐くような 倦(もの)うさ、たゆたさ
今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り
眠るがような悲しさに、み空をとおく
血を吐くような倦うさ、たゆたさ

空は燃え、畑はつづき
雲浮び、眩(まぶ)しく光り
今日の日も陽は燃ゆる、地は睡(ねむ)る
血を吐くようなせつなさに。

嵐のような心の歴史は
終ってしまったもののように
そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののように
燃ゆる日の彼方(かなた)に眠る。

私は残る、亡骸(なきがら)として、
血を吐くようなせつなさかなしさ。
 
     (一九二九・八・二〇) 
 

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ひとくちメモ

「夏」は

やがて「山羊の歌」に発表される詩の

第一次形態で

1929年8月20日に作られました。

血を吐くやうな

倦(もの)うさ

たゆたさ

この措辞に

ガーンと

やられてしまいます。

措辞とは

文字通り

辞=言葉を

措く=置くこと

Layout of wordsのことです。

「ものうさ」や「たゆたさ」が

なぜ

「血を吐く」「やうな」

なのだろう、と

言葉の配列(レイアウト)に

釘付けにされます。

畑に陽は照り、麦に陽は照り

なのだから

眼前に麦畑が広がっている

青い海……

ほかに何もない

風も吹いていない

眠っているかのように

何もないということの悲しさったらない

空を遠くに追いやる

血を吐くような

けだるさ、たゆたさだ

空は燃え

畑はずっと向こうの地平線にまで続き

雲が浮んで

白くまぶしく光り

太陽は燃え

大地は眠っている

血を吐くような

せつなさに

嵐のように荒れた

わたくしの心の歴史は

終わってしまったのか

この景色の何一つにも糸口はなく

燃える日の

向こうで眠っている……

わたくしは残る

脱け殻(ぬけがら)として

ここにいる

血を吐くような

せつなさ

かなしさ

……

……

現れる自然は

これほどなのに

血を吐くような

ものうさ

たゆたさ

せつなさ

かなしさ

……

どこでどうして

そうなるのだか

わからないけど

死にたいほどの

血を吐くような

この倦怠感

この虚脱感

この喪失感

わかる気がするなあ

と感じないわけがない

青春のてっぺん……

 

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