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末黒野

中原中也全詩集

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中原中也詩集

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幻 想

 
   1

何時(いつ)かまた郵便屋は来るでしょう。
街の蔭った、秋の日でしょう、

あなたはその手紙を読むでしょう
肩掛をかけて、読むでしょう

窓の外を通る未亡人達は、
あなたに不思議に見えるでしょう。

その女達に比べれば、
あなた自身はよっぽど幸福に思えるでしょう。

そして喜んで、あなたはあなたの悩みを悩むでしょう
人々はそのあなたを、すがすがしくは思うでしょう

けれどもそれにしても、あなたの傍(そば)の卓子(テーブル)の上にある
手套(てぶくろ)はその時、どんなに蒼ざめているでしょう

   2

乳母車を輓(ひ)け、
紙製の風車を附(つ)けろ、
郊外に出ろ、
墓参りをしろ。

   3

ブルターニュの町で、
秋のとある日、
窓硝子(まどガラス)はみんな割れた。

石畳(いしだたみ)は、乙女の目の底に
忘れた過去を偲(しの)んでいた、
ブルターニュの町に辞書はなかった。

   4

市場通いの手籠(てかご)が唄う
夕(ゆうべ)の日蔭の中にして、
歯槽膿漏(しそうのうろう)たのもしや、
 女はみんな瓜(うり)だなも。

瓜は腐りが早かろう、
そんなものならわしゃ嫌い、
歯槽膿漏さながらに
 女はみんな瓜だなも。

   5

雨降れ、
瓜の肌には冷たかろ。
空が曇って町曇り、
歴史が逆転はじめるだろ。

祖父(じい)さん祖母(ばあ)さんいた頃の、
影象レコード廻るだろ
肌は冷たく、目は大きく
相寄る魂いじらしく

オルガンのようになれよかし
愛嬌なんかはもうたくさん
胸掻き乱さず生きよかし
雨降れ、雨降れ、しめやかに。

   6

昨日は雨でしたが今日は晴れました。
女はばかに気取っていました。
  昨日悄気(しょげ)たの取返しに。

罪のないことです、
さも強そうに、産業館に這入(はい)ってゆきます、
  要らない品物一つ買うために。

僕は輪廻ししようと思ったのだが、
輪は僕が突き出す前に駆け出しました。
  好いお天気の朝でした。
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ

「幻想」は、

「脱毛の秋 Études」と

同じ原稿用紙に続けて書かれた

草稿9枚が現存することから

同時期に作られたことが推定され

アラビア数字で

章立てされているのも

この二つの詩は同じです。


「幻想」は二つあり、

散文詩「幻想」と区別する必要があるとき

「幻想(何時かまた郵便屋は来るでせう)」と

表記するならわしがあります。


「脱毛の秋 Études」が

読み進めていくうちに

次第に

詩人論を歌った詩であることが見えはじめたように

「幻想」の行く着くところは

最終章最終連の


僕は輪廻ししようと思つたのだが、

輪は僕が突き出す前に駆け出しました。

  好いお天気の朝でした。


――にあるでしょうか。


とすると、

気まぐれなお天気

雨降れと願えば、晴れたよ、

まったくもう、

物事は思い通りにいかない、


忌々しくも不運な、

世渡りが下手な、

世界から取り残された僕

そういう詩人


――が歌われている

ということになりますが

そこにたどり着くまでが

あっちへ飛び

こっちへ飛び

一貫したストーリーを

組み立てることが困難です。


幻想は、

自由に飛び回るものですから

仕方ないことですし

起承転結の物語を作ることが

必ずしも詩の目的ではないのですから

やはり

1行1行を読むしか

詩にふれる方法はありません。


1は、

女性のあなたへの

余計な(?)心配を

ああだこうだと

でせう、でせう、

という推量形で述べるのですが……


2は、

唐突に

だれかの命令、

まともな暮らしをしなさい

とでも、言われているのは、

女性なのか

詩人が命令されているのでしょうか


3は、

唐突に

フランスのブルターニュの町へ飛び

ガラスが割れて

何か事件が起こります


石畳を歩く乙女、

忘れたはずの過去が

その目の底にあっても、

町に乙女が頼りにできる辞書はなかった……


4は、

唐突に

(ブルターニュではない?)

市場で俗謡が聞こえる

女はみんな瓜(うり)だなも。

とは、山口方言か?

歯槽膿漏も、

女が瓜も、

どうにでもとれるダダです。


5は、

唐突に

雨降れ、

と、今度は詩人の願いらしい


雨降れば、

瓜の肌には冷たいだろ

歴史は逆転しはじめるだろ


祖父さん祖母さんが

生きていた昔を懐かしみ

音入り映像をみんなが集まって

見ては心通わせるだろ


オルガンのようになってほしい

愛嬌はもう結構

静かに穏やかに生きてほしい

雨降れ雨降れだ

しめやかになれだ


6は、

ところが、

詩人の願いに反して

今日は晴れ、

女はバカに気取って、

昨日しょ気ていたのを取り返す勢い


罪もないことです

いかにも元気そうに

百貨店(?)へ入って行きます

ろくに必要でもない品物を買いに


とかく浮世はままならぬ、か


僕は輪回しして遊ぼうと思ったのですが

輪っかは僕が回そうとしたのより先に

回りはじめて行っちゃったんです

よいお天気の朝でした


ここに登場する女性は

やはり

長谷川泰子なのでしょうか。


幻想の果てに

ひとりぼっちの

詩人がいます……

 

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