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末黒野

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怨 恨

 
僕は奴の欺瞞(ぎまん)に腹を立てている
奴の馬鹿を奴より一層馬鹿者の前に匿(かく)すために、
奴が陰に日向に僕を抑えているのは恕(ゆる)せぬ。
そのために僕の全生活は乏しくなっている。

嘗(かつ)て僕は奴をかばってさえいた。
奴はただ奴の老婆心の中で、勝手に僕の正直を怖れることから、
僕の生活を抑え、僕にかくれて愛相(あいそ)をふりまき、
御都合なことをしてやがる

近頃では世間も奴にすっかり瞞(だま)され、
奴を見上げるそのひまに、
奴は同類を子飼い育てる。

その同類の悪口を、奴一人の時に僕がいうと、
奴はどうだ、僕に従って其奴等(そやつら)の悪口をいう。
なんといやらしい奴だろう、奴を僕は恕(ゆる)してはおけぬ。
 
                 (一九三三・八・九)
 

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ひとくちメモ

「怨恨」は

「虫の声」と同日の日付(193398)をもつ作品ですが、

僕は奴の欺瞞に腹を立ててゐる

――とはじまる措辞(そじ)には、

珍しく

イロニーも

ポエジーも

抑制も

韜晦(とうかい)も

機知も

ユーモアも

……

何にもありません。

単調です。

中に登場する「奴」については、

「誰であるかは特定できない」としながら

大岡昇平の

「小林秀雄あるいは河上徹太郎への怨恨」

という解釈(角川の新全集)がありますから

そうなのか、と思う人は

少なくないはずです。

しかし

果たして

そうなか――。

1933年のこの時期に

なぜ、また

小林秀雄または河上徹太郎への怨恨が

吐露(とろ)されなければならなかったのか。

詩的言語を取り上げて

「奴」はだれかという詮索に

それほどの意味はありませんから

やはり

この詩の味わい、読みに集中しますと……

こういうヤツって

よくみかけます。

人間ですから

悪いヤツって存在しますよ。

こういう悪と

闘うのが詩人でもありますから

この詩には

技(わざ)がなさ過ぎて……

ふと、

それにしても私は憎む、

対外意識にだけ生きる人々を。

――パラドクサルな人生よ。

(修羅街輓歌)

要するに人を相手の思惑に

明けくれすぐす、世の人々よ、

(憔悴)

と歌った詩人が

ここにきて

この日この時

この詩を作っている時

余裕を無くしている! と

いうことはできるのでしょう。

 

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