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月の光 その一

 
月の光が照っていた
月の光が照っていた

  お庭の隅の草叢(くさむら)に
  隠れているのは死んだ児(こ)だ

月の光が照っていた
月の光が照っていた

  おや、チルシスとアマントが
  芝生の上に出て来てる

ギタアを持っては来ているが
おっぽり出してあるばかり

  月の光が照っていた
  月の光が照っていた

 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ

「月の光」は、

「その一」「その二」とを

独立した作品としていますが、

内容は、連続していて、

二つに分けた

中也の意図がよくみえませんが……。

「その一」の「お庭」「草叢」

「その二」の「庭」「芝生」「森」

これらは、みんな、あの世のものでしょう。

あの世の「庭」の「草叢」に

死んだ子供が「隠れている」

まだ、あの世にも慣れていないからでしょうか。

死んだばかりの子どもは控え目な感じです。

死んだ児は

亡くなった長男・文也のことに違いないのですが

「また来ん春」で

直接的に歌われた「あの子」ではなく

「死んだ児」と抽象化され

距離が置かれた感じがあります。

これは

アルチュール・ランボーの

「少年時」を読んで以来の

「薔薇の木蔭に死んだ児がゐる」のイメージが

「無題(疲れた魂と心の上に)」(未発表詩篇)

「秋の日曜」(同)

「含羞」(「在りし日の歌」)

と反映されてきた流れに連なるもので

このイメージが

文也の現実の死の上に重なりました。

そこへ今度は

チルシスとアマントが「出て来てる」。

どこからか「出て来てる」のが、

あの世的な感じがしますし

その、出て来たところがどこかも不気味ですが

これは

ポール・ベルレーヌの詩「マンドリン」に登場する「気楽な二人」を

詩人は

川路柳虹訳の「ヹルレーヌ詩集」で読んで

滑稽なイメージに補強したものです。

持ってきたギターは放り出されたまま……

というあたりに、

チルシスとアマントの「ゆるさ」が映り出されますが

この無音の情景! 

沈黙の世界!

月の光が照つてゐた

月の光が照つてゐた

6連12行の詩の半分の

3連6行が

この畳句のリフレーンで

翳りの一つもないような

やはり

ここが死の世界であるための

不気味な明るさを演出しています。

 

 

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