温泉集
1 珍しき小春日和よ縁に出て爪を摘むなり味気なき我
2 籠見れば炭ただ一つ残るあり冬の夜更の心寂しも
3 友食えば嫌いなものを食いたくて食うてみるなり懶(ものう)き日曜
4 森に入る雪の細路に陽はさして今日は朝から行く人もなし
5 二本のレール遠くに消ゆる其(そ)の辺陽炎(かげろう)淋しくたちてある哉(かな)
6 森に入る春の朝日の心地よき露キラキラと光る美しさ
7 幾ら見ても変りなきに淋しき心同じ掛物身つむる心
8 大山の腰を飛びゆく二羽の鳥秋空白うして我淋しかり
9 湧く如し淋しみ覚ゆ秋の日を山に登りて口笛吹けば
10 怒りたるあとの怒よ仁丹の二三十個をカリカリと噛む
11 悲しみは消えず泣かれず痛む胸抱くが如く冬の夜道ゆく
12 小春日のいじら暖かさに土手の土もチクリチクリと凍溶(いてと)けるらし
13 命なき石の悲しさよければころがりまた止まるのみ
14 何処(いずこ)にか歌えば声の忽(たちまち)に消えてゆくなり静けき山の中
15 細き山路通りかかれるこの我をよけてひとこという爺(じい)もあり
16 枯草に寝て思うまま息をせり秋空高く山虹かりき
17 冬の夜一人いる間の淋しさよ銀の時針のいやに光るも
18 冬の朝床の中より傍の友にゆうべの夢語るなり
19 紅の落葉すざむき秋風に我が足もとをカサカサとゆく
20 晩秋の乳色空に響き入るおお口笛よ我の歌なる
21 汽車の窓幼き時に遊びたる饒津(にぎつ)神社の遠くなりゆく
22 かばかりの胸の痛みをかばかりの胸の甘味を我合せ知る
23 ヒンヒンと啼く馬のその声に晩秋の日も暮れてゆくかな
24 刈られし田に遊べる子等の号(さけ)び声淋しく聞こゆ秋深みかも
25 買物に出かける母に連れられし金沢の歳暮の懐しきかな
26 何故か今日胸に幻漂える旅せし友の目に浮びては
27 この朝を竹伐(き)りてあり百姓の霧の中のよりほんのりみゆる
28 川辺(かわのべ)の水の溜にげんごろう砂をたわむるその静けさよ