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吾子よ吾子

 
ゆめに、うつつに、まぼろしに……
見ゆるは、何ぞ、いつもいつも
心に纏(まと)いて離れざるは、
いかなる愛、いかなる夢ぞ、

思い出でては懐かしく
心に沁(し)みて懐かしく
磯辺の雨や風や嵐が
にくらしゅうなる心は何ぞ

雨に、風に、嵐にあてず、
育てばや、めぐしき吾子(あこ)よ、
育てばや、めぐしき吾子よ、
育てばや、ああいかにせん

思い出でては懐かしく、
心に沁みて懐かしく、
吾子わが夢に入るほどは
いつもわが身のいたまるる

        (一九三五・六・六)
 

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ひとくちメモ

「吾子よ吾子」は

1935年6月6日の日付の記された詩で

長男文也を真正面から歌っています。

「吾子」は「アコ」と読み

タイトルにも詩人によって

「アコヨアコ」と読むように

ルビが付されています。

この年の1月から6月にかけて

自分の子である長男文也をはじめ

赤ん坊のことを歌った詩が

たくさん制作されたのは

自然のなりゆきでした。

「坊や」

「春と赤ン坊」

「雲雀」

「大島行葵丸にて」

「この小児」

などが制作されたのですが

このうち

「春と赤ン坊」と「雲雀」は

「文学界」4月号に

「この小児」は

同6月号に発表されています。

詩作品のテーマとして

赤ん坊が

取り上げられ

世間に発表されたということになり

我が子ができた

それを祝福した、という

個人の生活上の

自然の流れという以上に

中原中也という詩人の

詩作の根っこに

赤ん坊が存在しはじめた、

ということになります。

この詩の最終行

吾子わが夢に入るほどは 

いつもわが身のいたまるゝ

――は、そうしたことを

考えさせるのに十分で

「身の痛み」とともに

赤ん坊は

現れたことが理解できます。

このころ

詩人は28歳の誕生日を迎えました。

(1907年4月29日生まれ)

 

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