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或る夜の幻想(1・3)

 
   1 彼女の部屋

彼女には
美しい洋服箪笥(ようふくだんす)があった
その箪笥は
かわたれどきの色をしていた

彼女には
書物や
其(そ)の他(ほか)色々のものもあった
が、どれもその箪笥(たんす)に比べては美しくもなかったので
彼女の部屋には箪笥だけがあった

  それで洋服箪笥の中は
  本でいっぱいだった

   3 彼 女

野原の一隅(ひとすみ)には杉林があった。
なかの一本がわけても聳(そび)えていた。

或(あ)る日彼女はそれにのぼった。
下りて来るのは大変なことだった。

それでも彼女は、媚態(びたい)を棄てなかった。
一つ一つの挙動(きょどう)は、まことみごとなうねりであった。

  夢の中で、彼女の臍(おへそ)は、
  背中にあった。

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ひとくちメモ

「或る夜の幻想(1・3)」は
「四季」の昭和12年3月号(同年2月20日付け発行)に発表された
昭和8年(1933年)10月10日制作の作品です。
 
と案内すると
妙にすっきりしますが
この詩の来歴は
少し複雑なものをもっています。
 
はじめは
短詩6篇を連作に仕立てた
6節構成の詩「或る夜の幻想」が
作られました。
それが
昭和8年10月10日の制作日を
末尾にもつ
第一次形態です。
 
この第一次形態の詩の
第2節「村の時計」と
第4~6節「或る男の肖像」は
「在りし日の歌」に収録されますが
第1節と第3節は
「四季」発表後に
ほかのどこにも発表されませんでした。
 
という事情で
第一次形態が発表されている
「四季」昭和12年3月号の作品は
生前発表詩篇ということになりますが
この詩篇から
「村の時計」と「或る男の肖像」を除いた
「或る夜の幻想」は
「或る夜の幻想(1・3)」として
「生前発表詩篇」に分類されることになりました。
 
となれば
「或る夜の幻想」は
「四季」に
生前発表されたにもかかわらず
「或る夜の幻想」の第3節と第4節だけを
「或る夜の幻想(3・4)」として掲出するということになり
「或る夜の幻想」という作品は
「四季」の中にしか存在しないことになります。
 
「或る夜の幻想(1・3)」という詩篇は
そういう来歴の詩篇です。
 
と、この詩の来歴をひも解いたところで
なんの面白みもありませんが
この詩のように
短詩を連作構成で作ったり
作り直したり
散文詩を作ったり
作り直したりと
これまでにない詩の作り方が
昭和11年後期に集中するのは
長男・文也の死の影響です。
 
このような短詩連作や散文詩は
「ゆきてかへらぬ」(未定稿)
「散文詩四篇」として発表された
「郵便局」
「幻想」
「かなしみ」
「北沢風景」
の「四季」発表作品ほかに
 
「文学界」へ載せた連作形式の「詩三篇」
「また来ん春……」
「月の光」
「月の光 その二」
があります。
 
以上のうち
「文学界」発表の「詩三篇」は
文也の死以後に作られたことが判然としているのですが
「或る夜の幻想(1・3)」の末尾
 
  夢の中で、彼女の臍(おへそ)は、
  背中にあつた。
 
といふフレーズの
物騒といえば物騒な
シュールといえばシュールな
不気味であり
滑稽であり
狂気を含んだ終わり方は
明らかに
 
お庭の隅の草叢に
隠れてゐるのは死んだ児だ
(「月の光」)
 
 
森の中では死んだ子が
蛍のやうに蹲んでる
(「月の光 その二」)
 
など
一連の晩年作へと
つながっていきます。
 
 

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