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孟夏谿行

 
この水は、いずれに行くや夏の日の、
山は繁(しげ)れり、しずもりかえる

瀬の音は、とおに消えゆき
乗れる馬車、馬車の音のみ聞こえいるかも

この橋は、土橋(どばし)、木橋(きばし)か、石橋か、
蹄(ひづめ)の音に耳傾くる

山竝(やまなみ)は、しだいにあまた、移りゆく
展望のたびにあらたなるかも
 

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ひとくちメモ

「孟夏谿行」は

「モウカケイコウ」と音読みし

「孟夏」は、初夏のことで

「猛烈な夏」のことではありません。

夏の早い時期に渓谷に遊んだ記録を

短歌4首に残しました。

昭和8年(1933年)5―8月の制作(推定)です。

渓谷は

東京近辺のものではなく

山口県のどこかのものでしょうか。

この年の8月

詩人は神経衰弱状態に陥り

下宿先である高森文夫の伯母が心配して

詩人の実家に報せると

故郷から弟の思郎が急遽上京して

詩人を連れ帰ったという事件が起こります。

角川文庫版「中原中也全詩集」所収の年譜の

昭和8年(1933年)の項では

この件を記録していませんが

この帰郷の期間中に

湯田温泉近くの渓流へ

足を運んだことは

容易に想像されることですが

8月は孟夏ではなく盛夏ですから

この帰郷で作られた歌の可能性は低く

いったいこの「谿」は

どこにあるのだろう

いつ行ったのだろう

という疑問は残り続けます。

中原中也の詩の朗読を

40年以上も続けている

歌人・福島泰樹は

「誰も語らなかった中原中也」の中で

「孟夏谿行」は

宮崎県東臼杵の高森文夫の実家を訪ねた

昭和7年(1932年)8月の旅から生まれた、

という推論を押しすすめ

ついには

中原中也が特定できないある時

この地を再訪したことがあるのではないか

という想像にまで発展させています。

想像の羽は

自由に飛んでいきます――。

宮崎県は

歌人、若山牧水の生地でもあります。

有名な

幾山河 越えさり行かば 寂しさの終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく

は、明治40年(1907年)

早稲田大学生だった牧水が

故郷宮崎への帰途

岡山県北部の哲西町にある二本松峠で

詠んだ歌といわれています。

山口と岡山は

中国山地で繋がっていますから

山並みに似ているところがあった

と想像するのは無謀すぎることでしょうか。

宮崎県東臼杵の山並みと

岡山県の中国山地の景色と

山口県の山並みと……

牧水の「幾山河」と

「孟夏谿行」の最終歌の「山竝」が

たとえ同じ景色を歌ったものでなかったしても

極めて近い風景であるとする想像を

だれも止め立てすることはできません。

「事件」に近かった

昭和8年8月の帰郷は

2週間に満たない短いものでしたが

この4か月後に

詩人は再び帰郷し

上野孝子と見合い結婚します。

 

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