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末黒野

中原中也全詩集

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冷酷の歌

 
   1

ああ、神よ、罪とは冷酷のことでございました。
泣きわめいている心のそばで、
買物を夢みているあの裕福な売笑婦達は、
罪でございます、罪以外の何者でもございません。

そしてそれが恰度(ちょうど)私に似ております、
貪婪(どんらん)の限りに夢をみながら
一番分りのいい俗な瀟洒(しょうしゃ)の中を泳ぎながら、
今にも天に昇りそうな、枠のような胸で思いあがっております。

伸びたいだけ伸(の)んで、拡がりたいだけ拡がって、
恰度紫の朝顔の花かなんぞのように、
朝は露(つゆ)に沾(うるお)い、朝日のもとに笑(えみ)をひろげ、

夕は泣くのでございます、獣(けもの)のように。
獣のように嗜慾(しよく)のうごめくままにうごいて、
その末は泣くのでございます、肉の痛みをだけ感じながら。

   2

絶えざる呵責(かしゃく)というものが、それが
どんなに辛いものかが分るか?

おまえの愚(おろ)かな精力が尽きるまで、
恐らくそれはおまえに分りはしない。

けれどもいずれおまえにも分る時は来るわけなのだが、
その時に辛かろうよ、おまえ、辛かろうよ、

絶えざる呵責というものが、それが
どんなに辛いか、もう既(すで)に辛い私を

おまえ、見るがいい、よく見るがいい、
ろくろく笑えもしない私を見るがいい!

   3

人には自分を紛(まぎ)らわす力があるので、
人はまずみんな幸福そうに見えるのだが、

人には早晩(そうばん)紛らわせない悲しみがくるのだ。
悲しみが自分で、自分が悲しみの時がくるのだ。

長い懶(ものう)い、それかといって自滅することも出来ない、
そういう惨(いたま)しい時が来るのだ。

悲しみ執(しつ)ッ固(こ)くてなおも悲しみ尽そうとするから、
悲しみに入ったら最後休(や)むときがない!

理由がどうであれ、人がなんと謂(い)え、
悲しみが自分であり、自分が悲しみとなった時、

人は思いだすだろう、その白けた面(つら)の上に
涙と微笑とを浮べながら、聖人たちの古い言葉を。

そして今猶(なお)走り廻(まわ)る若者達を見る時に、
忌(いま)わしくも忌わしい気持に浸ることだろう、

嗚呼(ああ)!その時に、人よ苦しいよ、絶えいるばかり、
人よ、苦しいよ、絶えいるばかり……

   4

夕暮が来て、空気が冷える、
物音が微妙にいりまじって、しかもその一つ一つが聞える。
お茶を注ぐ、煙草を吹かす、薬鑵(やかん)が物憂(ものう)い唸(うな)りをあげる。
床や壁や柱が目に入る、そしてそれだけだ、それだけだ。

神様、これが私の只今(ただいま)でございます。
薔薇(ばら)と金毛とは、もはや煙のように空にゆきました。

いいえ、もはやそれのあったことさえが信じきれないで、
私は疑いぶかくなりました。

萎(しお)れた葱(ねぎ)か韮(にら)のように、ああ神様、
私は疑いのために死ぬるでございましょう。
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ

「冷酷の歌」は

昭和4年(1929年)1月20日~2月18日制作と推定される作品。

「ノート小年時」中の

「寒い夜の自我像」の制作が1月20日で

「雪が降つてゐる……」の制作が2月18日で

この二つの詩の間のページに書かれていることから

両日の間に書かれたものと推定されています。

「白痴群」は

まだ創刊されていませんが

その準備に明け暮れていた頃です。

音楽集団「スルヤ」の人々との交流とは異なって

「白痴群」は文学集団ですから

詩人の主戦場です。

それゆえの厳しさが

それゆえの満足感とともに

はねかえってきたに違いのない場でした。

酒場での談論風発が

時には激越に過ぎて

口論に発展することもあったことでしょう。

口論ならまだしも

取っ組み合いの喧嘩になったようなこともあったようです。

「ノート小年時」に書かれた

「冷酷の歌」の草稿には

鉛筆によって推敲された跡があり

同じように

「ノート小年時」の中に

鉛筆で推敲された草稿を探すと

「雪が降つてゐる……

「追懐」

「夏の海」があり

さらに「ノート小年時」とは

異なるノートである「早大ノート」の冒頭の

「酒場にて」初稿が

鉛筆で書かれていることから

「冷酷の歌」と「酒場にて」は

同時期の制作の可能性を想定されています。

「酒場にて」の

初稿(昭和11年9月末~101日制作推定)も

定稿(昭和11101日制作定)も

その内容が

「冷酷の歌」と類似する部分が多いため

三つの詩を参照しながら読むと

味わいは深まるかもしれません。

 

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