夜空と酒場
夜の空は、広大であった。
その下に一軒の酒場があった。
空では星が閃(きら)めいていた。
酒場では女が、馬鹿笑いしていた。
夜風は無情な、大浪(おおなみ)のようであった。
酒場の明りは、外に洩(も)れていた。
私は酒場に、這入(はい)って行った。
おそらく私は、馬鹿面(ばかづら)さげていた。
だんだん酒は、まわっていった。
けれども私は、醉いきれなかった。
私は私の愚劣を思った。
けれどもどうさえ、仕方はなかった。
夜空は大きく、星もあった。
夜風は無情な、波浪(はろう)に似ていた。
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ひとくちメモ
「夜空と酒場」は、
「早大ノート」(1930~1937)の
はじめの方にあります。
どこかしら寂寥感のある
酒場風景です。
林立するビル群や
人のざわめきが聞こえてきません。
壮大な夜空と
その下の酒場……という
構図が大きくて
そう感じるのでしょうか
東京の空は
中也の生きていた時代には
広く大きなものだった、ということを
あらためて知ります
つい最近、
といっても、
高度成長前の東京、
たとえば、
東京タワーの出来る前の東京は
天の川さえ見ることができました。
武蔵野の面影が
この詩の夜空にはあります。
銀座あたりにも
この空は広がっていました。
大酒飲んでも
酔えない詩人……。
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