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雨の降るのに

 
雨の降るのに
肩が凝る
てもまあいやみな
風景よ

顔はしらんで
あぶらぎり
あばたも少しは
あろうもの

チェッ、お豆腐屋(とうふや)の
笛の声――
風に揺られる
炊煙(すいえん)よ

炊煙に降る
雨の脚
雨の降るのに
肩が凝る
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ

「雨の降るのに」は
昭和10年(1935年)5月15日発行の
早稲田大学新聞学芸欄に掲載された作品で
作られたのは
発行日の2週間から2か月前の計算になりますから
昭和10年4月中旬―5月初旬(推定)ということになります。
同新聞には
「詩二篇」の題で
「落日」も掲載されました。
 
同じころ
帝国大学新聞(昭和10年5月13日付け)に
「春日閑居」が発表されていますから
「雨の降るのに」
「落日」
「春日閑居」
の3作は
同時期の制作と考えられています。
 
詩人は
この3作を切り抜いて
「SCRAP BOOK」に貼付した上で
赤インクによる校正を入れています。
 
「雨の降るのに」は
早稲田大学新聞紙上では
4―4―6―2の変則4連構成の詩として掲載されましたが
それを切り抜いて貼り付け
4行4連の詩に直す指示を書き込んでいるのです。
 
自分の作品が
無残にも改竄(かいざん)されてしまったことへの
抗議であり怒りでもあります。
 
「落日」も同じで
詩人が5行の詩として提出したものが
7行の詩として掲載されてしまい
その切り抜きを貼付した
「SCRAP BOOK」に
「詩の行を勝手に切るくらゐ平気なり 蛮人が多いといふことなり」と
大学生の編集部に批判をぶちまけています。
 
帝国大学新聞掲載の
「春日閑居」にも
後に広く知られるようになった
詩人と編集部員のやりとりがありました。
 
詩人が
はじめ帝国大学新聞編集部に送った詩は
「早春の風」でしたが
「もう時季が早春ではないから何とか変へてくれと云ふ」ので
仕方なく「春日閑居」と改題に応じたのですが
これも印刷物の切り抜きを貼った「SCRAPBOOK」上に
「帝国大学新聞が詩を浴衣の売出しかなんかのやうに心得ているとはけしからん。文化の程度が低いのである」と
赤インクで書きつけた
という事件です。
 
無神経な改題の要望と
無謀な改竄(かいざん)と
著作権思想が
浸透していなかった時代ではあるにせよ
早稲田大学と帝国大学(現東大)と
大学新聞の編集部の無知と無神経を
垣間見るような出来事が続きました。
 
編集という仕事が分かっていない
新人の編集部員の担当だった
とかという弁明も聞えてきそうですが
新聞発行機関としては
お粗末の一語に尽きます。
 
「雨の降るのに」は
このような経緯から
詩人による「SCRAP BOOK」上の訂正を
「著者校正」とみなすことになり
4行4連の詩として掲出することになっています。
 
作品のほうは
ややダダっぽく
象徴詩法も自在に、
 
雨降る街に
豆腐売りの笛の音
そして
どこからともなく漂ってくる
夕餉(ゆうげ)の香
 
このステロタイプと呼んでいいほどに
微温的な
庶民的な
平和な風景であるのにもかかわらず
肩が凝る
という
 
雨が降るから
肩が凝る
ではなくて
雨が降るのに
肩が凝る
という「逆接=のに」を使って
雨降る景色を
逆説的に歌っている
作品です。
 
当時の大学生が
この逆接
この逆説を
どのように理解したか
今となっては
何の手掛かりもありません。
 
 

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