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末黒野

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悲しき画面

 
私の心の、『過去』の画面の、右の端には、
女の額(ひたい)の、大きい額のプロフィルがみえ、
それは、野兎色(のうさぎいろ)のランプの光に仄照(ほのて)らされて、
嘲弄的(ちょうろうてき)な、その生(は)え際(ぎわ)に隈取(くまど)られている。

その眼眸(まなざし)は、画面の中には見出せないが、恐らくは
窮屈(きゅうくつ)げに、あでやかな笑(えみ)に輝いて、『中立地帶』とおぼしき方に向けられている。
そして、何故(なぜ)か私は、彼の女の傍(そば)に、
騎兵のサーベルと、長靴とを感ずるのだ――

読者よ、これは、その性情(せいじょう)の無辜(むこ)のゆえに、
いためられ、弱くされて、それの個性は、
その個性にふさわしき習慣を形づくるに、至らなかった、
一人の男の、かなしい心の、『過去』の画面だ、……

今宵も心の、その画面の右の端には、
その額、大きい額のプロフィルがみえ、
野兎色のランプの光に仄照らされて、
ランプの焔(ほのお)の消長(しょうちょう)に、消長につれてゆすれている……
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ

「早大ノート」の1931年制作(推定)詩篇の
「さなざなま人」に続いて、
「夜空と酒場」
「夜店」という
夜を歌った作品が並びますが、

その次にある
「悲しき画面」が
夜の酒場の風景を含んでいるものと知るには、
「草稿詩篇(1931-1932年)」中の
「Tableau Triste   A・O・に。」に行き着き、

「Tableau Triste   A・O・に。」が
「悲しき画面」の完成形であり、
この完成詩で
献呈された「A・O・」とは誰のことだろう、と
疑問を抱き、

「A・O・」は、
1931年当時、
東京の東中野にあり、
中也も長谷川泰子も行きつけだった
酒場「暫」(しばらく)の
秋子という名の女性のことらしい、
という研究を知ると
納得できたりします。

第1連第3行
野兎色のラムプの光
の、ランプが、
酒場のランプであり、
酒場では、
野うさぎの色に似た光を発している
という情景の描写ということになります。

一方、
この献辞のない
「悲しき画面」を独自に読むかぎり、
ここに登場する女性が、
長谷川泰子その人を指す、
と、理解できないことでもありません。

どちらに受け取っても
両様に味わえれば
それもまたよし、
ということになりましょうか。

「野兎色のラムプの光」が
酒場の、
仄暗さの中で、
過去を思い出す詩人の
思い出した画面に「女」を浮かばせる……

その、女の眼(まなこ)は、
画面の中には収まっていなくて
はっきりとはしていないのだが、
あっちでもなく、こっちでもなく僕のほうを見ているのではなく

あっちの男を見ているのでもなく
中立地帯に向けられているようだが……

どういうわけだか、
詩人は、
彼女のそばに
騎兵のサーベルと、長靴とを
感じ取ってしまうのです。

「悲しき画面」は
4連で構成されていますが、
第2連の終行は、
騎兵のサーベルと、長靴を感ずる――
と結ばれ、
女性のそばに、
騎兵のサーベルと長靴
の存在を感じている詩人がいます。

この作品に関する
大岡昇平の
やや難解な鑑賞があるのは、
「未完詩篇」を解説した「詩Ⅱ」(1967年)です。

騎兵のサーベルや長靴はフロイディスムの解釈では男性、或いは母への加害者としての父親の象徴とされる。フロイディスムはこの頃から翻訳されていたから、中原は読んでいたかも知れない。しかし通俗解説書にある形象をそのまま使うのは中原の習慣にはなく、恐らく実感を記したものであろう。そしてここにも依然として、小林との三角関係が蔭を落している。

大岡昇平は、
こう記した当時、
「A・O・に」という献辞に
敢えてこだわらず
「Tableau Triste」および
その草稿である「悲しき画面」に
小林秀雄=長谷川泰子=中原中也の三角関係を
読み取りました。

「騎兵のサーベルと長靴」は、
「男根」的存在
というより、
「男性」であるだけでよく、
「男性」が
小林秀雄であってもよく、

あるいは、
「軍人」を意味している
と、解釈しても、
その軍人が
やがて召集される
小林秀雄であってもよく、
A・O・の恋人であってもよかったところ、

第3、4連を含む
詩全体を読んで
中原中也の内面に
いまだ、
三角関係の陰が落ちていたことを
感じ取って、
こちらを取ったのでしょう。

読者よ、
と、読者に向かって呼びかける第3連は、
中原中也の詩の中でも珍しいもので、
一人の男の、
かなしい心の、
過去の画面を、
吐き出さずにはいられなかった
詩人の実感の
ストレートな表れなのでしょうか。

今夜も、
とある酒場の、
野うさぎ色のランプの光の中に
過去を映し出す画面が浮かび、
ランプの光が揺れるのにつれて
ユラユラと揺れています。

 

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