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末黒野

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夏過けて、友よ、秋とはなりました

 
友達よ、僕が何処(どこ)にいたか知っているか?
僕は島にいた、島の小さな漁村にいた。
其処(そこ)で僕は散歩をしたり、舟で酒を呑(の)んだりしていた。
又沢山の詩も読んだ、何にも煩(わずら)わされないで。

時に僕はひどく退屈した、君達に会いたかった。
しかし君達との長々しい会合、その終りにはだれる会合、
飲みたくない酒を飲み、話したくないことを話す辛さを思い出して
僕は僕の惰弱な心を、ともかくもなんとか制(おさ)えていた。

それにしてもそんな時には勉強は出来なかった、散歩も出来なかった。
僕は酒場に出掛けた、青と赤との濁った酒場で、
僕はジンを呑んで、しまいにはテーブルに俯伏(うつぶ)していた。

或(あ)る夜は浜辺で舟に凭(すが)って、波に閃(きら)めく月を見ていた。
遠くの方の物凄い空。舟の傍(そば)では虫が鳴いていた。
思いきりのんびり夢をみていた。浪の音がまだ耳に残っている。

   2

暗い庭で虫が鳴いている、雨気を含んだ風が吹いている。
茲(ここ)は僕の書斎だ、僕はまた帰って来ている。
島の夜が思い出される、いったいどうしたものか夏の旅は、
死者の思い出のように心に沁(し)みる、毎年々々、

秋が来て、今夜のように虫の鳴く夜は、
靄(もや)に乗って、死人は、地平の方から僕の窓の下まで来て、
不憫(ふびん)にも、顔を合わすことを羞(はず)かしがっているように思えてならぬ。
それにしても、死んだ者達は、あれはいったいどうしたのだろうか?

過ぎし夏よ、島の夜々よ、おまえは一種の血みどろな思い出、
それなのにそれはまた、すがすがしい懐かしい思い出、
印象は深く、それなのに実際なのかと、疑ってみたくなるような思い出、
わかっているのに今更のように、ほんとだったと驚く思い出!……
 
             (一九三三・八・二一)
 

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ひとくちメモ

「夏過(あ)けて、友よ、秋とはなりました」は、

「夏(なんの楽しみもないのみならず)」から

1週間後(8月21日)に

「燃える血」

「夏の記臆」とともに作られました。

8月初旬が立秋ですから

暦の上ではとうに秋ですし

「虫の声」

「怨恨」

「怠惰」

「夏(なんの楽しみもないのみならず)」の

4作が作られたのも

すべて暦上の秋ではありますが……

8月21日ともなると、

秋は目に見えて秋らしくなり

初旬の

「目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」の

かすかな秋の気配とは

いちだんと異なってきて

実感的に秋めきます。

行く夏を惜しむ感情が

詩人にも抱かれたのでしょうか。

一夏の経験を語る物語の詩がまず作られ

思い出は少年時代に飛び

また近い夏へと戻ります。

3篇続く思い出の歌の

一番目、

ねえ、聞いてくれる?

僕が、この夏、どこにいたか――

僕は、島にいたんだ、小さな漁村だった

そこで、

散歩したり、

舟に乗って酒を飲んだり、

たくさんの詩を読んだり、

何にも煩わされない時間を過ごしたよ

この夏

詩人がどこかの島へ行ったという

記録は残されていません。

島は

架空の

外界から孤絶した場所を示し

特定のどこそこでなくてよく

どこであってもいいのです。

全般に充実した時だったけど

時には、ひどく退屈し、

無性に君たちと会いたくなったよ

でも

君たちとの長々しい会合、

だらだらとした終わりのない会合、

飲みたくもないのに飲み、

話したくもないのに話さなければならない辛さを思い出し、

やっぱり

会わなくていいんだと

僕は僕の脆弱な気持ちをなだめすかして

押え込んでいたのさ。

そんな時には勉強できなかった

散歩もできなかった

酒場に出かけた

青と赤のまざったけばけばしい酒場で

ジンをあおって

しまいには悪酔いして

テーブルにうつぶしてしまった。

ある夜には

浜辺で舟にもたれて

波間に輝いている月を見た

遠くのほうの空が凄まじく(美しく)

舟のそばでは虫が鳴いていた。

僕は思いっきりのんびりと

夢をみていた

その時の波の音がまだ耳に残っているよ。

(ここで1節は終わり、現在に時制転換します)

暗い庭で虫が鳴き、

雨まじりの風が吹いている

僕は書斎にいます

またここへ帰ってきた。

靄に乗って

死者が

地平のほうから書斎の窓の下まで来て

ああ、かわいそうに

顔を合わせるのを恥ずかしがっているように思える

死者たちは、

いったいどうしてしまったのだろうか。

過ぎた夏よ

島の夜々よ

お前は、一種、血みどろの思い出

でも、すがすがしく懐かしい思い出

印象に残るのに、

ほんとうにあったのかと、疑いたくなるような思い出

分かっていながら、

いまさらのように、

ああ、やはり、本当のことだったのだと

あらためて驚くような思い出――。

 

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