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ためいき

       河上徹太郎に 

 
ためいきは夜の沼にゆき、
瘴気(しょうき)の中で瞬(まばた)きをするであろう。
その瞬きは怨めしそうにながれながら、パチンと音をたてるだろう。
木々が若い学者仲間の、頸(くび)すじのようであるだろう。

夜が明けたら地平線に、窓が開くだろう。
荷車(にぐるま)を挽(ひ)いた百姓が、町の方へ行くだろう。
ためいきはなお深くして、
丘に響きあたる荷車の音のようであるだろう。

野原に突出(つきで)た山(やま)ノ端(は)の松が、私を看守(みまも)っているだろう。
それはあっさりしてても笑わない、叔父(おじ)さんのようであるだろう。
神様が気層(きそう)の底の、魚を捕っているようだ。

空が曇ったら、蝗螽(いなご)の瞳が、砂土(すなつち)の中に覗(のぞ)くだろう。
遠くに町が、石灰(せっかい)みたいだ。
ピョートル大帝の目玉が、雲の中で光っている。

 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

 

<ひとくちメモ その1>
 

「夜の沼」とは

たとえば、井の頭池とか石神井池とか

幽霊でも出てきそうな

樹木がうっそうと茂る東京の暗闇で

夜ともなれば瘴気(しょうき)が立ち込める。

詩人のためいきはそこへ行き

目をパチクリさせるのです。

そのパチクリは怨めしそうであり

限界を超えてパチンと破裂します。

知り合いの若い学者の卵たちは

首筋を幾本もの木々のようにしています。

孤絶、疎外、焦燥……などから

詩人が抱え込んだためいきは深まり

時として破裂するのです。

木々が若い学者の卵たちの、頸すじのようであるだろう。

河上君! 君の友だちの仏文科の学生たちは

ほんに素直で嫌味がなくて……

木みたいだ、木々が首筋のようだ

多少からかいも含めて尊敬のあいさつを送っているようです。

ぼくのためいきなんか聞こえていないようだ。

詩人は

眠れぬ夜を一人自室で過ごします。

夜が明けると、

地平線が見える窓が開くことでしょう。

「荷車をひいてゆく百姓」は、詩人のこと。

町へ向かっていくのです。

その吐き出すためいきは、

いっそう深いものになり

丘にさしかかった荷車の音にかぶさります。

ためいきはすでに荒々しい呼吸です。

野原には頭上に松の木

荷車をひく詩人を見守っています。

あっさりしていて笑わないおじさんのようです。

あるいはそれは、神。

空気の層の底で、

魚を捕まえているのかもしれません。

空が曇り、神が見えなくなると

イナゴたちは砂土にもぐり

目だけを出して見るでしょう。

遠くの町は、石灰のように白々としていて

ピョートル大帝の大きな目玉が

雲の中にギラギラ光っています。

神を呼ぶほどに深いためいきは、

いつしかピョートル大帝の目玉になっています。

 


<ひとくちメモ その2>
 

◆ためいきを吐くのは誰か?

 

「ためいき」は、

詩集「山羊の歌」19番目の歌。
河上徹太郎への献辞が付された作品です。
この作品の入り口をどこに見つけたらいいか、
あれやこれや、考えていると、
すでにこの詩の世界に入っていることに
ふと気づき、驚きます。

ためいき、は、だれのだろう
若い学者仲間、とは、だれを指し、だれのだろう
荷車を挽いた百姓、とは、だれのことだろう
「私」とは、詩人自身のことだろうか
ピョートル大帝、には、どんなメタファーが込められているのだろう。

「ためいき」に出てくる人間たちの
まずは、位置関係を知ろうと、
ためいきを吐くのは、
詩人か、
この詩の献呈相手である河上徹太郎のことか、
そのどちらでもない、だれかのためいきか、
または、そんなことは特定しなくてもよいことか
手がかりのない状態で読んでみると……。

夜遅く散歩していると
ためいきが一つ出て
折しも通りかかった公園の沼のほとりの
鼻を突くような毒気のある香りの中で
ためいきはまばたきして、
うらめしそうに流れては、
パチンと大きな音を立てるでしょう。

ためいきが瞬きする
それがパチンと音を立てる
なにやら、普通の溜息ではなくて、大きなためいき……、

それを
であろう、と、
未来・推測の意味をもたせて使い、
ためいきをはく本人が
だれであるかを明らかにしません。
それが止むとき、
パチンと音を立てるような
明快なためいきが漏れるでしょう、
夜の沼のほとり……。
森の木々は、
若い学者のお仲間たちの、
首筋のように、むさくるしさがなく
すっきり、ほっそりしていることでしょう。

学者仲間となると、
中也の仲間の学者たちともとれるし
河上徹太郎の仲間ともとれるし
両者に共通の学者たちかもしれないし
学者を、文字通りの学者ととらず
お勉強好きなお友達、
くらいにとってもいいのでしょうか。

第2連に進み
夜が明けると、地平線に窓が開く、
となると、これは、
新感覚派的な表現なのか
シュールなのか
夜が明けると、
地平線の見えるほどの広大な空間が
パッと眼前に開ける、という意味の
中也的な表現なのか
荷車をひいた百姓が
地平線の向こうのほうにある町へ
行くでしょう、と
ここでも、推測形です。
ためいきはなお深く、と
ここに出てきた百姓が吐く
ためいきであるかのように、
百姓がひく荷車の音のようである、と
ためいきが荷車の音に喩えられます。

第3連。
ここに、「私」が登場します。
第3連は、起承転結の転にあたりますから
展開があるのでしょうか
「私」が出てきたことが劇的な感じで、
広々とした野原に、
山の端っこから飛び出した松の木があって
その松が私を見守っていることでしょう、
その松は、あっさりしていて、無闇に笑わない、
父親の兄弟であるおじさんのようでしょう。

ここで、第3連3行、
神様が気層の底の、魚を捕っているようだ。
と、推測ではなく、
直喩で、そのおじさんを、
神様に喩えます。
その神様は、空気の底で、魚を捕まえているようです。

第4連1行は、
空が曇つたら、蝗螽の瞳が、砂土の中に覗くだろう。
と、暗示的で謎めいて、
空が曇ると、イナゴの目が、地面から覗く、
という不可思議な情景をはさみ、
第4連3、4行も、
遠くに町が、石灰みたいだ。
ピョートル大帝の目玉が、雲の中で光っている。
と、だろう、を使わず、
推測ではありません。
遠くに見える町は、
石造建築だからでしょう
白くて、石灰のように見えます。
ロシアの町なのでしょう
ピョートル大帝の目玉が、
ギロギロと、雲の中から町を
見下ろしているのが見えます。

ここで、
雲の中で光っている。と、
断定の現在形で、この詩は終わるのです。

3次元で時系列に沿ったドラマを
組み立てようとするのは
無理なのかもしれません。
イメージの世界で、
一貫したストーリーを作ろうとすると
失敗するのかもしれません。

詩は、
算数のようにはいかないようですが、
しかし
いつしか、
ためいきは
ピョートル大帝の目玉に変成する、というような
化学変化を成し遂げるようでもあります。

◆詩世界のモヤモヤを楽しもう

わかったような
わからないような
モヤモヤが残りますが
一度、その詩世界へ入ると
なにかに触ります。
触ったものこそ詩そのものなのですが
これがなんであるのか
その詩以外の言葉で
言い替えることができないものが詩ですから
モヤモヤは大切なものです。

ですから、
モヤモヤしたものを
楽しめれば
詩を楽しむことができるということを
このことが示しています。
わからないことはわからないままにでよいのですが
だからといって
わからないものをわからないままにしてよいということでもなく、
わからないことを心の中で気に止めていると
いつか、あるとき、それがわかる、
というようなことが起こります。

知らない街を歩いて
迷子になって
ギロギロした眼で
その街のありさまを見つめ直していると
その街が分かってきて
段々、親しみがもてるようになってくる。
そのようなことを、
予想して、試みる、
というような方法といえるでしょうか。

たとえば、
このようにして
人は、ある一つの詩を読みます。
迷子になるのですから、
やっかいといえばやっかいですが、
詩を読まないのと読むのとでは
迷子にならないか、迷子になったか、
の違いほどの違いがあります。
迷子になったことのあるほうが
より豊かな時間を過ごした、と
言えることに間違いはないはずです。

「ためいき」は、
一読して、不思議さの残る詩ですが、
何度も繰り返して読んでいるうちに
名作であることに気づくような詩でもあります。
というわけで、もう少し、
この詩の中に分け入っていきます。

まずは、この詩に現れる風景(場所、場面)を
見てみると、
詩に現れる順に、

夜の沼、
地平線

荷車をひいた百姓


野原

気層の底
魚を捕っている
イナゴの瞳
砂土
……と、なります。

これらの風景のそれぞれが
相互にどのような関係なのか
有機的な関係が、そもそもあるのか、
または、これらの風景と、
ためいきという主格との関係を知れば
この詩が、少し、近づくでしょうか。

東京の、
石神井池とか、井の頭池とかの
夜の池を思わせる
「夜の沼」が、
なぜ、いつしか
イナゴが砂土から目を出す、
ロシアへ
飛んでいくのか?

こんな疑問が
湧いてきませんか?
第1連の4行、

ためいきは夜の沼にゆき、
瘴気の中で瞬きをするであろう。
その瞬きは怨めしそうにながれながら、パチンと音をたてるだろう。
木々が若い学者仲間の、頸すじのようであるだろう。

というのは、
夜、しばしば通う場所である沼があって
そこへ来たころに必ず湧いてくる感情、
それは、ためいきの出るような失望感で、
それが、
楠とか、杉の木とかの
樹木から発する、
ツンとした香りに満ちた沼のほとりの
林にさしかかると
そのためいきは、目をさまし、疼きはじめ、
怨めし気につきまとっているけれど、
もちこたえられずに、
パチンとはじけてしまいますよ。
まわりの木々が、若い学者仲間の
首筋のようにほっそり伸びて、
ちいさな驚きの表情を見せるでしょう。

というほどに解釈すれば
すこしは近くなったでしょうか。
詩はそれほど遠いものではないはずで
ためいきと夜の沼の
絶妙といえる組み合わせに
はたと、感心することになるでしょう。

なんといっても
ためいきは夜の沼にゆき、
という、冒頭の、この1行への
滑り込むような入り方!
いきなり
夜の沼へ引きずり込まれた
ためいきは
まばたきし
底なし沼へ溺れるというのではなく
パチンとはぜるのです。

ためいきが、
夜の沼へゆき
まばたきし
パチンと音たてる

その時の、
木々が、
若い学者仲間のくびすじのようであるだろう、
という、
なんとも、唐突のようで、
ピタッと決まった
おかしみもある
これは
直喩ではないでしょうか
若い学者のくびすじ、とは!

ためいきを抱えた詩人は
井の頭池あたりへさしかかり
フーッとそれを吐き出すと
あたりの木々が
さわさわと揺れて
知り合いの学者仲間のくびすじをふっと思い出したのです。

◆ピョートル大帝の目玉、とは何か?

第2連も、
ためいきはなお深くして、
と、3行目にあるように、
第1連とつながっていまして、
夜の沼の風景は、
夜が明けて、
広々とした風景
地平線の見える風景へと変わりますが、
時が経過し
風景も変わったのだけれど
ためいきは深まっています。

しかし、視界がパッと開けます。
窓を開けると、地平線が見え、
荷車を引いた百姓が、
この百姓というのは、
詩人自らのことでありましょう、
百姓が、町の方へ、
懸命に、荷車を引いていく姿があり、
しんどそうに
ときおり、深いためいきをつきます。
そのためいきは、ほんとうに深いもので
まるで丘にぶつかって反響する
荷車の音のようです。

実際に、地平線が見える広い野原がどこか
そんなことは特定しなくてよいでしょうが
たとえばロシアの平原であってもかまいません。
昭和初期の東京杉並や世田谷や中野や……だって
広々とした武蔵野の風景がありました
夜が明けても、なお
ためいきは百姓=詩人の口を漏れ
町へ行けば、きっとなにか
ためいきをまぎらわすこともあるかもしれない

第3連になって
百姓の姿は消え、
「私」が登場します。
百姓は、私=詩人のことだったのです。
ということは
ためいきの主体も
私=詩人ということです

町へ向かう百姓=私=詩人を
松の木が、サポートしてくれるでしょう
どんなふうにサポートしてくれるかというと
あっさり、しつこくなく、さりげなく
笑って、小馬鹿にしたりしない
肉親である、おじさんのように、です。
それは、まるで、
神様が、空気の層の底で、
魚を捕まえているように、
あますところなく、
ぬかりなく、
ゆきとどいていることでしょう。

最終連は、難解というべきか……。
それとも、醍醐味といべきか……。

詩人は
ピョートル大帝を
どのようにイメージしているのか
それを判断する材料は
この詩の中にしかなく、
それゆえ、
この詩へのまったく異なった読みが生じるほどの
分岐点となります。

百姓は、まだ、
町へ向かう野原の道にいます。
空がかき曇ったら
イナゴたちは、いっせいに、砂の中にもぐり込み、
雨を避ける体勢です。
石造建築で密集する、
遠くの町が、俄然、石灰のように白っぽくなりました。
雲の中で
ピョートル大帝の、
いかめしい目玉がギラギラと光っている

ピョートル大帝の目玉が、雲の中で光っている。

この断定が利いています。
夜の沼にはじまる
ためいきの運命が
雲の中で光る大帝の目玉によって
にらみつけられていて、
いっそ、すがすがしい!

ピョートル大帝の目玉、とは何か?
ここでは、歴史を研究しているのではありません
ピョートル大帝は、
18世紀ロシアの絶対君主で、
身長が2メートルほどあったといわれる巨体……
この歴史的人物が、
なぜ、「ためいき」に登場するのでしょうか?
なぜ、目玉、なのでしょうか?

最終連は、
起承転結の結のはずですから
ここで、ためいきの行方が
はっきり見えることになるのですが
それが、
ピョートル大帝の目玉が、
雲の中で光っている
で、終わるのですから、

ためいきにとって、ピョートル大帝の目玉、とは何か?

ということになります。

1行目の、
イナゴの瞳、の対照として
ピョートル大帝の目玉、が現れているのですから、
イナゴとピョートル大帝は対立語といえるかもしれません。

空が曇り、
というのは、
状況が悪化し、困難なときがくれば、
という意味でしょうから、
小心なイナゴたちは砂の中に隠れてしまうが
ピョートル大帝のような絶対権力者の目玉は
雲のただ中に在って、
びくともしないで、光り輝いているばかりだ

最終連を
このように読むことができますが、
ためいきは、どこへ行ったのか
イナゴとためいきの関係、
ピョートル大帝とためいきの関係は、
どのようなものかが
新たな問いとして現れます。

そもそも
ためいき、とは、
何か、といえば、
詩人の、嘆息、吐息……であり、
詩そのもののことととるのが自然です。
倦怠、閑寂、むなしさなどの流れの
中原中也の詩のテーマの一群に
この、ためいきはあり、
ここで
それを歌っているのですから
それは、詩そのものです。

その、詩=ためいきは、
どこへ行ったのでしょうか
第1連で、
夜の沼へ行ったためいき、
第2連で、
百姓の引く荷車の音のようであったためいき、
第3連で、
松に見守られている私……

最終連では、
イナゴの瞳へ行き
ピョートル大帝の目玉へ行った、
ということになり、
詩人のためいきは
イナゴの瞳のように、
砂土の中にいるものなのか、
ピョートル大帝の目玉のように、
雲の中で光っているものなのか……

ここで、もう一度、
ためいきにとって、イナゴの瞳、とは何か?
ためいきにとって、ピョートル大帝の目玉、とは何か?
と、問えば、

ためいき=詩は、
イナゴの瞳ではなく
ピョートル大帝の目玉でありたいものだ
という答に
たどり着けそうなところにいるかもしれません。
いつしか
ためいきはピョートル大帝の目玉です。

◆日本のアウトサイダー、中原中也

詩は、
ある特定の個人に向けて作られることがあり、
ラブレターになる場合や
この「ためいき」のように
献呈詩となる場合などがあります。

中原中也は
多くの「恋愛詩」を書きましたが
「献呈詩」もたくさん書きました。

このことをもって、
中也は、相手のいない詩を書かなかった、
などと批評する人もいるほどです。

詩を贈られたり、
捧げられたりした人は、
どのような感情を抱くものか
悪い感情を抱くものでないことは明らかなのですが、
贈られ、捧げられて、
なお「作品」として
冷静に読むことができるものか
少し気になります。
詩を作った人と
贈られた人だけに通じる
いわば「秘め事」があり、
第三者が介入できない領域や、
想像できない
微妙なニュアンスなどが
こうした詩作品にあるとすれば
その当事者が勝ちです!

「ためいき」への、
河上徹太郎の批評が、
このようなものであるかどうかを
知り得ませんが
「日本のアウトサイダー」の
トップを飾る「中原中也」には、
「ためいき」を論じた
目の覚めるような
爽快なコメントがあり、
これを読まないでは、
「ためいき」の、ある重要なものを
読み過ごしてしまうのかもしれません。
「ためいき」には、
これを献呈された河上徹太郎本人による
他者の追随を許さない読みがあります。
この詩は、
この読みのように読む以外にない、とさえ、
広く受け入れられているようですから、
その、極めて有名な論考をみてみましょう。

「日本のアウトサイダー」は、
河上徹太郎が、昭和34年(1959年)に、
江湖に問うた論考集で、
序を含め全10章からなっています。
そのトップを飾るのが
「中原中也」で、
「日本のアウトサイダー」という書物自体が
「中原中也」を動機に構想された、
といわれるほど
中也は枢要な位置にあります。

中原中也と河上徹太郎は
小林秀雄を介して交友し、
「白痴群」ではともに、同人でした。
大岡昇平のあの冷たいような、
意地の悪いような物言いによると
「白痴群」は、
この二人だけが熱心だったのであり
ほかの同人は会費を払ってもらうための
数合わせみたいなものだった、
ということになる
車の両輪だったらしい。

中也は、「ためいき」を
昭和4年(1929年)7月発行の
「白痴群」第2号に発表しました。
制作は、昭和2年(1927年)もしくは3年とされているのは
まさしく、献呈された河上徹太郎が
そのように記憶し、
そのように記しているからですが、
断定できるものではなさそうです。

「白痴群」が解散・瓦解したのは、
昭和5年(1930年)ですから、
まだ、同人の間に深い亀裂というようなものはなく、
意気揚々たる中也の姿が
彷彿としてくる時期。
河上徹太郎も、打ち込んでいた時期の作品といえるでしょうか。

◆舞台はロシア!?

「ためいき」は、
チェホフあたりの風物を日本の田園に翻訳して得たものに違いない。とか、
この舞台は正しくロシアの平原のノスタルジアである。とかと、
胸のすくような、意表を衝くような読みが
どのようにして可能なのか。

これは、やはり、
中原中也という詩人と生の交流があり、
手紙などの言葉のやりとりもあり、
なおかつ、詩というものを理解できる感性……
そして知性もあるような友人にしか
言えないコメントではないでしょうか。

こう、言われてしまうと
ああ、そうだそうだ、
どうも、日本離れした匂いが漂っている
などと、かすかに異国のイメージを抱いたものの正体を
言い当てられたようで妙に納得がいくものです。

詩を贈られた本人である河上徹太郎が
作品としての、その詩へ、オマージュを返した、
ということなのですが
それが、単に一個の詩へのオマージュにとどまらず、
「日本のアウトサイダー」の起点になるような批評へと展開していくのですから、ただごとではありません。

――音楽でいったらアンダンティーノ八分の六拍子とでもいいたいリズムの揺れ方は無類である。

このあたりからはじまるオマージュは、

――この舞台は正しくロシアの平原のノスタルジアである。

というあたりから、
ライナー・マリア・リルケを引き合いにして
どうやらカトリック詩人としての
中原中也を描くことに向かっていきますが、
ここでは、そんなこともどうでもいいことにします。

ここでは
「ためいき」の読みだけが関心の的です。

その読みは、
「日本のアウトサイダー」所収の
「中原中也」にあり、
河上徹太郎が昭和34年(1959年)
に刊行したものです。

その中の
「ためいき」に関わるコメントだけを
ここに、引用しておきます。
わかりやすくするために
改行や行空きを加えてあります。

(以下引用)

(略)従って中原のイメージは決して生得環境的なものではなくて、いわば教養的なものである。

例えば彼は時の文学青年の常として十九世紀のロシア文学に負う所が多いが、次の私に親しい詩も実はチェホフあたりの風物を日本の田園に翻訳して得たものに違いない。 

ためいきは夜の沼にゆき、
瘴気の中で瞬きをするであらう。
その瞬きは怨めしさうにながれながら、パチンと音をたてるだらう。
木々が若い学者仲間の、頸すぢのやうであるだらう。

夜が明けたら地平線に、窓が開くだらう。
荷車を挽いた百姓が、町の方へ行くだらう。
ためいきはなほ深くして、
丘に響きあたる荷車の音のやうであるだらう。

野原に突出た山ノ端の松が、私を看守つてゐるだらう。
それはあつさりしてても笑はない、叔父さんのやうであるだらう。……

これは「ためいき」という彼が二十歳の時の詩だが、この、音楽でいったらアンダンティーノ八分の六拍子とでもいいたいリズムの揺れ方は無類である。

ここにあって可見のイメージはすべて手なずけられて、一律に戦いでいる。 

ほとんど風景の書割だけで出来ているような、こんな叙情的な詩は中原の全作品の中で珍しいのである。

ところで、この舞台は正しくロシアの平原のノスタルジアである。(以下略)

(引用ここまで)

◆中原のイメージは「教養的」

中原のイメージは
決して生得環境的なものではなくて、
いわば教養的なもの……と、
河上徹太郎は認めたうえで、
「ためいき」の風景を、
19世紀ロシア文学、
そのなかのチェホフあたりの風物を日本の田園に翻訳して得たもの、
とほぼ断じています。

チェホフの短編小説だか戯曲だか
特定の作品の一場面を指示するわけではなく
河上徹太郎の中には、
それは具体的にあったのでしょうが
チェホフ的世界の風物を
中野、杉並、世田谷あたりのことでしょうか
それも指示しませんが
日本の田園に翻訳した、
置き換えた、
というのですから、
ギョッとしますし、
目が覚めますし、
モヤモヤは吹きとんでしまいます。

中也の生まれ故郷・山口の
どこかの風景なのかな、などとも
想像していたところ、
そもそも
中原のイメージは
決して生得環境的なものではなくて、
いわば教養的なもの……
と、いうところにさしかかり、
えっ? と驚き、
幼少年時を過ごした山口が
「原風景」ですらないとでもいわんばかりの、
この、河上の指摘に耳をそばだてたばかりなのです。

実にユニークではないですか!

それを、しかも、
ロシアの平原のノスタルジア、と
展開してゆき、
リルケとの比較です。
ここで、その行方を追うことをしませんが、
中原中也は、
書物とか歴史とかの「教養的なもの」から
1篇の詩を歌いあげることを
一つの詩法としていたことは
いくつかの例もあることですから、
まちがいはなく、
「ためいき」を
その詩法で作った作品という見方を
否定するものはありません。

それにしても
チェホフあたりの風物、とは
河上徹太郎が直感したものなのでしょうか?
中也からの手紙とか、会話とかに
なんらかの示唆があって
そう断言しているのでしょうか。
ドストエフスキーではなく
チェホフだったのは、
なにか理由があるのでしょうか。

この読みは、
たとえば
「中原中也必携」(吉田凞生編、学燈社)も
「中也を読む 詩と鑑賞」(中村稔、青土社)も、
そのまま踏襲し、
それ以降の読みも、
太田静一の読みのような
例外はあるものの、
おおよそ支持され、
現在にいたっている様子です。

詩は
色々な読みができるのだから
ここにも
よい読みがあるということの証でして、
先に読んじゃった者が勝ち!
ということがいえますが、
徒手空拳の
素朴な読者大衆は
こんなふうに読めるわけはなく
ためいきが
ふーっと漏れてしまいます。

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