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冬の夜

 
みなさん今夜は静かです
薬鑵(やかん)の音がしています
僕は女を想(おも)ってる
僕には女がないのです

それで苦労もないのです
えもいわれない弾力の
空気のような空想に
女を描(えが)いてみているのです

えもいわれない弾力の
澄み亙(わた)ったる夜(よ)の沈黙(しじま)
薬鑵の音を聞きながら
女を夢みているのです

かくて夜(よ)は更(ふ)け夜は深まって
犬のみ覚めたる冬の夜は
影と煙草と僕と犬
えもいわれないカクテールです

   2

空気よりよいものはないのです
それも寒い夜の室内の空気よりもよいものはないのです
煙よりよいものはないのです
煙より 愉快なものもないのです
やがてはそれがお分りなのです
同感なさる時が 来るのです

空気よりよいものはないのです
寒い夜の痩せた年増女(としま)の手のような
その手の弾力のような やわらかい またかたい
かたいような その手の弾力のような
煙のような その女の情熱のような
炎(も)えるような 消えるような

冬の夜の室内の 空気よりよいものはないのです
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ

みなさん、

と読者に向かって呼びかける詩は、

この「冬の夜」のほかに、

「春宵感懐」

「春日狂想」があります。

これらは、

中原中也の詩が、

メッセージ性をもつ詩、

メッセージ詩が豊富であることの

現れの一つを示しています。

「春宵感懐」の第1 連、

みなさん、今夜は、春の宵(よひ)。

 なまあつたかい、風が吹く。

「春日狂想」の最終連、

ではみなさん、

喜び過ぎず悲しみ過ぎず、

(略)

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――

テムポ正しく、握手をしましせう。

よく考えてみると

自分の死後を見る詩「骨」の、

ホラホラ、これが僕の骨だ、

の、ホラホラも呼びかけの言葉ですから、

これらの詩群を「呼びかけの詩」と

呼んでよいかもしれません。

みなさん

今夜は静かな夜です

さきほどから、

ストーブの上の薬罐が

チンチンと音を立てています

ぼくは、女のことをずっと思っています

ぼくには、女がいないのです。

それで、何の苦労もないのです

何とも言えない弾力のある

いっぱいあっても、

あると感じていない

空気のような空想のように

女のことを思うだけです

空気のような空想、とは

二重否定に近い用語法ですが

空想の空しさ

空しい空想、くらいの意味にとり、

女を空想する空しさを表している、

と、とりましたが、どうでしょうか。

何とも言えない弾力のある

澄み渡った夜のしじまに

薬罐の音を聞きながら

女のことを夢見ているのです。

こうして夜は更けて

犬だけが眠っていない冬の夜

物の影と、煙草と、ぼくと犬の

何とも言えないカクテル!

ここまでが、前半の1です。

薬缶の湯が煮えたぎる音ばかりがする

冬の夜更け。

静かであることが

薬缶の音によって際立ちます。

サウンド・オブ・サイレンス……。

沈黙の音……。

空想は深まってゆき、

むなしさの極みには、

空気のような状態になるのでした。

すると、

なんだか、愉快といえるような

影とタバコとぼくと犬の競演です。

ここで、後半の2に入ります。

空気は、いいものです。

寒い冬の夜の室内の空気ほど

よいものは他にありませんよ。

タバコの煙も、いいですね

愉快です

みなさんは、やがて、

それがわかります

同感するときが来ます。

空気ほどよいものはない。

寒い夜の、

痩せた年増女の手のような、

その弾力のない手の

やわらかいような、かたいような

かたく、弾力のない

タバコの煙のような、

その年増女の情熱のような

燃えるような

もう情熱が消えたような

冬の室内の

空気ほどよいものはありません。

みなさん……。

ね……。

「冬の夜」は、

「日本詩」昭和10年(1935 年)4月号に発表された

昭和8年1月制作作品です。

「在りし日の歌」24番目の配置。

前半に、空想の中に出てくる女は

後半になって、年増女に変わります。

空想に出てくる女は、

僕を苦労させる女ですし、

年増女は

弾力のあるような、ないような

かたいような、やわらかいような

煙のような

情熱の、燃えるような

情熱の、消えたような

いるような、いないような

冬の夜の室内の

空気のようで

それよりよいものはないのです。

詩人は、

何かを失った果てに

何かを獲得したというようなことを

歌っているのかもしれません。

 

 

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