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夜更の雨

    ――ヴェルレーヌの面影――
 
 
雨は 今宵(こよい)も 昔 ながらに、
  昔 ながらの 唄を うたってる。
だらだら だらだら しつこい 程だ。
  と、見る ヴェル氏の あの図体(ずうたい)が、
倉庫の 間の 路次(ろじ)を ゆくのだ。

倉庫の 間にゃ 護謨合羽(かっぱ)の 反射(ひかり)だ。
  それから 泥炭(でいたん)の しみたれた 巫戯(ふざ)けだ。
さてこの 路次を 抜けさえ したらば、
  抜けさえ したらと ほのかな のぞみだ……
いやはや のぞみにゃ 相違も あるまい?

自動車 なんぞに 用事は ないぞ、
  あかるい 外燈(ひ)なぞは なおの ことだ。
酒場の 軒燈(あかり)の 腐った 眼玉よ、
  遐(とお)くの 方では 舎密(せいみ)も 鳴ってる。
 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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ひとくちメモ

「夜更の雨」は、

ポール・ヴェルレーヌの

「言葉なき恋歌」の中の

「巷に雨の降る如く」が下敷になっています。

中也は、勉強家ですし、

京都で、高橋新吉のダダイズムを知り、

富永太郎を、1924年(大正12年)に知って以来、

小林秀雄を、1925年、

河上徹太郎を、1927年、

周辺に、トウダイフツブン(=東大仏文)の学生はもとより、

仏文の教官であった辰野隆らとの交友をも広め、

アテネ・フランセへ通い

原語で、ランボー、ベルレーヌ、ボードレールらを読みはじめ、

いずれは、ランボーやネルバルらの翻訳をするほどの

先進的なポジションにありました。

堀口大学の「月下の一群」は

大正末から昭和初期、

当時の文学青年や仏文科の学生が

こぞって、

むさぼり読んだことが知られています。

この中に

雨の巷に降る如く

われの心に涙ふる。

かくも心に滲み入る

この悲みは何ならん?

で、はじまる

ヴェルレーヌの「雨の巷に」は収められています。

中原中也もこれを読んだ一人でしたが、

中也の非凡さは、

その摂取というレベルで

ベルレーヌをすでに自分のものにしてしまっている、

という一点でしょう。

大詩人ベルレーヌへの憧れとか尊敬ではなく、

すでに、対等な「ベル氏」なのです。

初出は、昭和11年8月、「四季」初秋号ですが、

制作は、昭和4年ごろ。

「朝の歌」(大正15年)より後の制作になり

富永太郎に

フランス象徴詩の存在を教示されてから

およそ4年が経過しています。

ベルレーヌは、

ランボーとのホモセクシャルな交友などで知られる

デカダン(頽唐)です。

中原中也が、

富永太郎や小林秀雄や河上徹太郎や辰野隆らから聞き知り、

自らも原書などを通じて知った

フランス象徴詩の世界に

引き込まれていった軌跡の

はじまり――。

雨は今夜も降っている

昔ながらに、降っている。

だらだらだらだら降っている

時雨の秋の宵。

ふと見ると、

倉庫の路地を駆けてゆくのは

ベルレーヌじゃないか

大きな図体の背中を見せて。

ビニール製の合羽が反射している

泥炭の山が雨に打たれている

その路地を抜け出れば……

抜けさえできれば

わずかな希望があるというもんさ

そうだろ

自動車なぞいらんぞ

明るい街灯なぞもいらんぞ

酒場の灯の

腐った目玉のような明かるい光よ

遠くの空では

舎密(せいみ)も 鳴つてる

音と光の化学合成だ

饗宴だ

雷のドラミングだ

ダダを抜け出し

文語定型を抜け出そうとする格闘が

ベル氏の格闘と重なっています。

 

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