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血を吐くような 倦(もの)うさ、たゆけさ
今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り
睡(ねむ)るがような悲しさに、み空をとおく
血を吐くような倦うさ、たゆけさ

空は燃え、畑はつづき
雲浮び、眩(まぶ)しく光り
今日の日も陽は炎(も)ゆる、地は睡る
血を吐くようなせつなさに。

嵐のような心の歴史は
終焉(おわ)ってしまったもののように
そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののように
燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。

私は残る、亡骸(なきがら)として――
血を吐くようなせつなさかなしさ。

 

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<ひとくちメモ>

泰子との別離を

過去のこととして

もの静かに語りはじめた詩人のようですが

「夏」では

「嵐のような心の歴史」として

もはや、たぐり寄せる糸口一つもない

地平の彼方にあり

その心は

血を吐くような

過激なものです。

もの憂さ

たゆけさ

悲しさ

せつなさ……が

血を吐くほどに高じているのです。

麦畑に陽は照りつけ

静か過ぎて

眠りたくなるような悲しさに襲われて

思わず

神の住まわれるあの空を頼もうとするのですが

空は遠く

血を吐くようなもの憂さです。

たゆけさです。

空は燃えている。

畑はずっと続いている。

雲が浮かび

陽がまぶしい

今日も、昨日もそうだったように

太陽は燃え

大地は眠っている。

血を吐くような切なさのせいです。

嵐のようだった心の歴史

私の恋は

終わってしまったもののように

もはやそこから何かを手繰り出そうとしても

何の糸口もないもののように

燃える太陽の、ずっと向こうのほうで眠っている。

私は、亡骸として残ります。

私は、骸になっても

このまま残ります。

血を吐くような切なさですが……

血を吐くような悲しさですが……

せつなさかなしさ、と

ひとまとめにしたのは

どちらか一つでは言い切れない

切なく悲しい感情の表現でしょうか。

それを、体言止めにして詩を終わります。

説明を省いたことによって

長谷川泰子を失なった悲しみを

悲しみにとどめていません。

恋を恋だけに終わらせず

恋以上、恋以外を歌います。

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