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春の日の夕暮

 
トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです

吁(ああ)! 案山子(かかし)はないか――あるまい
馬嘶(いなな)くか――嘶きもしまい
ただただ月の光のヌメランとするままに
従順なのは 春の日の夕暮か

ポトホトと野の中に伽藍(がらん)は紅(あか)く
荷馬車の車輪 油を失い
私が歴史的現在に物を云(い)えば
嘲(あざけ)る嘲る 空と山とが

瓦が一枚 はぐれました
これから春の日の夕暮は
無言(むごん)ながら 前進します
自(みずか)らの 静脈管の中へです

 

▶音声ファイル(※クリックすると音が出ます)

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<ひとくちメモ>
 
「トタンがセンベイ食べて」
と、はじまる「春の日の夕暮」は
「初期詩篇」の冒頭
つまり「山羊の歌」という詩集のトップを飾っています。
 
「初期詩篇」のトップから4篇
 
「春の日の夕暮」
「月」
「サーカス」
「春の夜」
 
は、「ダダイズムの詩」もしくは
その影響の残る詩といわれています。
 
語句の意味にこだわって読んでいるだけでは
迷路に入ったような、
わけのわからない世界に
分け入ることがしばしばあります。
 
解釈を試みると変になります。
隠された意味がありそうだ
などと詮索するのは
ほどほどにしたほうがいいかもしれません。
 
読んでいけば、いつか突然イメージが湧いてくる
などということがありますので
そういう方法も、ダダ詩の読み方の一つとしておきましょう。
 
……トタン屋根の密集する町。
電柱や電線など、雑多な風景がシルエットになっている。
その風景のバックに巨大なまん丸の太陽。
トタンがセンベイを食べているリアルな光景です。
春の夕暮れは、穏やかです。
 
アンダースローされた灰とは、
太陽の向こうか周辺か、
靄(もや)とか煙みたいなもの(灰)が
青黒く(青白く)、ただよっている。
静かな感じです。
 
そんなに穏やかで静かな春の夕暮れならばさあ、
案山子はいるかい?
いやしまい。いないだろ。
それなら、馬は嘶(いなな)いているかい?
嘶いていやしないだろーよ。
ただ、東の空の月の光だけが、
ヌメッとして従順な
春の夕暮れなのです。
ポトホトって感じで
伽藍(がらん)のような、広い野原は
夕日で真っ赤に染まっているよ。
そこを、荷馬車がギシギシと、
油ぎれした車輪の音を立てて
通っていくよ。
 
ぼくが、
政治や世の中の歴史的現在について発言すれば、
バカにされるわ、バカにされるわ!
てんで、相手になってくれない。
 
おーっと、瓦が1枚、
向こうの屋根からはがれました。
これからです。
これから、静かに静かに、
春の夕暮れが進みます。
頂点をむかえます。
全部、ぼくの、
静脈の中へ入っていきます。
 
このように読めて違和感がなければ
それはそれで
この詩を読んだことになります。 
 
▼ダダイズム:第1次世界大戦後の反戦気運の中、スイス・チューリッヒで生まれた芸術運動のこと。ダダともいう。中原中也は京都時代、日本でダダイズムを実践する詩人・高橋新吉の詩集「ダダイスト新吉の詩」を読んで、反理知、反権力、反権威、反道徳……の姿勢に共鳴し、一時期、その反抗的精神や詩の技法、特に破格・破調詩法の影響を強く受けた。富永太郎や小林秀雄らからボードレールやベルレーヌ、ランボーらフランス象徴詩の存在を知らされて以降、ダダは作品の表面に現れることは少なくなったが、個々の詩作品の内部に独特の強度を与え、詩句に遊びのセンスを生むなど、生涯にわたってその影響がみられる。
 

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