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未発表詩篇〜草稿詩篇(1933年~1936年)

夏の夜の博覧会はかなしからずや

 
夏の夜の、博覧会は、哀しからずや
雨ちょと降りて、やがてもあがりぬ
夏の夜の、博覧会は、哀しからずや

女房買物をなす間、かなしからずや
象の前に余と坊やとはいぬ
二人蹲(しゃが)んでいぬ、かなしからずや、やがて女房きぬ

三人博覧会を出でぬかなしからずや
不忍(しのばず)ノ池の前に立ちぬ、坊や眺めてありぬ

そは坊やの見し、水の中にて最も大なるものなりきかなしからずや、
髪毛風に吹かれつ
見てありぬ、見てありぬ、
それより手を引きて歩きて
広小路に出でぬ、かなしからずや

広小路にて玩具を買いぬ、兎の玩具かなしからずや

   2

その日博覧会入りしばかりの刻(とき)は
なお明るく、昼の明(あかり)ありぬ、

われら三人(みたり)飛行機にのりぬ
例の廻旋する飛行機にのりぬ

飛行機の夕空にめぐれば、
四囲の燈光また夕空にめぐりぬ

夕空は、紺青(こんじょう)の色なりき
燈光は、貝釦(かいボタン)の色なりき

その時よ、坊や見てありぬ
その時よ、めぐる釦を
その時よ、坊やみてありぬ
その時よ、紺青の空!

       (一九三六・一二・二四)
 

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暗い公園

 
雨を含んだ暗い空の中に
大きいポプラは聳(そそ)り立ち、
その天頂(てっぺん)は殆(ほと)んど空に消え入っていた。

六月の宵(よい)、風暖く、
公園の中に人気(ひとけ)はなかった。
私はその日、なお少年であった。

ポプラは暗い空に聳り立ち、
その黒々と見える葉は風にハタハタと鳴っていた。
仰ぐにつけても、私の胸に、希望は鳴った。

今宵も私は故郷(ふるさと)の、その樹の下に立っている。
其(そ)の後十年、その樹にも私にも、
お話する程の変りはない。

けれど、ああ、何か、何か……変ったと思っている。

           (一九三六・一一・一七)
 

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断 片

 
(人と話が合うも合わぬも
所詮は血液型の問題ですよ)?……

恋人よ! たとえ私がどのように今晩おまえを思っていようと、また、おまえが私をどのように思っていようと、百年の後には思いばかりか、肉体さえもが影をもとどめず、そして、冬の夜(よる)には、やっぱり風が、煙突に咆(ほ)えるだろう……
おまえも私も、その時それを耳にすべくもないのだし……

そう思うと私は淋しくてたまらぬ
そう思うと私は淋しくてたまらぬ

勿論(もちろん)このような思いをすることが平常(いつも)ではないけれど、またこんなことを思ってみたところでどうなるものでもないとは思うけど、時々こうした淋しさは訪れて来て、もうどうしようもなくなるのだ……

(人と話が合うも合わぬも
所詮は血液型の問題ですよ)?……

そう云ってけろけろしている人はしてるもいい……
そう云ってけろけろしている人はしてるもいい……

人と話が合うも合わぬも、所詮は血液型の問題であって、だから合う人と合えばいい合わぬ人とは好加減(いいかげん)にしてればいい、と云ってけろけろ出来ればなんといいこったろう……

恋人よ! 今宵(こよい)煙突に風は咆(ほ)え、
僕は灯影(ほかげ)に坐っています
そして、考えたってしようのないことばかりが考えられて
耳ゴーと鳴って、柚子酸(ゆずす)ッぱいのです

そして、僕の唱える呪文(?)ときたら
笑っちゃ不可(いけ)ない、こんなものです
  ラリルレロ、カキクケコ
  ラリルレロ、カキクケコ

現にこういっている今から十年の前には、
あの男もいたしあの女もいた
今もう冥土に行ってしまって
その時それを悲しんだその母親も冥土に行った
もう十年にもなるからは
冥土にも相当お馴れであろうと
冗談さえ云いたい程だが
とてもそれはそうはいかぬ
十二年前の恰度(ちょうど)今夜
その男と火鉢を囲んで煙草を吸っていた
その煙草が今夜は私独りで吸っているゴールデンバットで、
ゴールデンバットと私とは猶(なお)存続してるに
あの男だけいないというのだから不思議でたまらぬ
勿論(もちろん)あの男が埋葬されたということは知ってるし
とまれ僕の気は慥(たし)かなんだ
だが、気が慥かということがまた考えようによっては、たまらないくらい悲しいことで
気が慥かでさえなかったならば、尠(すくな)くとも、僕程に気が慥かでさえなかったならば、こうまざまざとあの男をだって今夜此処(ここ)で思い出すわけはないのだし、思い出して、妙な気持(然り、妙な気持、だってもう、悲しい気持なぞということは通り越している)にならないでもすみそうだ

そして、
(人と話が合うも合わぬも
所詮は血液型の問題ですよ)と云って
僕も、万事都合ということだけを念頭に置いて
考えたって益にもならない、こんなことなぞを考えはしないで、尠くも今在るよりは裕福になっていたでもあろうと……
 

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小唄二編

 
   一

しののめの、
よるのうみにて
汽笛鳴る。

心よ
起きよ、
目を覚ませ。

しののめの、
よるのうみにて
汽笛なる。

象の目玉の、
汽笛鳴る。

   二

僕は知ってる煙(けむ)が立つ
  三原山には煙が立つ

行ってみたではないけれど
  雪降りつもった朝(あした)には

寝床の中で呆然(ぼうぜん)と
  煙草くゆらし僕思う

三原山には煙が立つ
  三原山には煙が立つ
 

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一夜分の歴史

 
その夜は雨が、泣くように降っていました。
瓦はバリバリ、煎餅かなんぞのように、
割れ易いものの音を立てていました。
梅の樹に溜った雨滴(しずく)は、風が襲(おそ)うと、
他の樹々のよりも荒っぽい音で、
庭土の上に落ちていました。
コーヒーに少し砂糖を多い目に入れ、
ゆっくりと掻き混ぜて、さてと私は飲むのでありました。

と、そのような一夜が在ったということ、
明らかにそれは私の境涯(きょうがい)の或る一頁(いちページ)であり、
それを記憶するものはただこの私だけであり、
その私も、やがては死んでゆくということ、
それは分り切ったことながら、また驚くべきことであり、
而(しか)も驚いたって何の足しにもならぬということ……
――雨は、泣くように降っていました。
梅の樹に溜った雨滴(しずく)は、他の樹々に溜ったのよりも、
風が吹くたび、荒っぽい音を立てて落ちていました。
 

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砂 漠

 
砂漠の中に、
 火が見えた!
砂漠の中に、
 火が見えた!
        あれは、なんでがな
         あったろうか?
        あれは、なんでがな
         あったろうか?
陽炎(かげろう)は、襞(ひだ)なす砂に
 ゆらゆれる。
陽炎は、襞なす砂に
 ゆらゆれる。
        砂漠の空に、
         火が見えた!
        砂漠の空に、
         火が見えた!
あれは、なんでがな
 あったろうか?
あれは、なんでがな
 あったろうか?
        疲れた駱駝(らくだ)よ、
         無口な土耳古人(ダッチ)よ、
あれは、なんでがな
 あったろうか?
        疲れた駱駝は、
         己が影みる。
         無口な土耳古人は
         そねまし目をする。

砂漠の彼方に、
 火が見えた!
砂漠の彼方に、
 火が見えた!
 

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山の上には雲が流れていた
あの山の上で、お弁当を食ったこともある……
  女の子なぞというものは
  由来桜の花弁(はなびら)のように、
  欣(よろこん)んで散りゆくものだ

  近い過去も遠いい過去もおんなじこった
  近い過去はあんまりまざまざ顕現(けんげん)するし
  遠いい過去はあんまりもう手が届かない

山の上に寝て、空を見るのも
此処(ここ)にいて、あの山をみるのも
所詮(しょせん)は同じ、動くな動くな

ああ、枯草を背に敷いて
やんわりぬくもっていることは
空の青が、少しく冷たくみえることは
煙草を喫うなぞということは
世界的幸福である
 

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夜半の嵐

 
松吹く風よ、寒い夜(よ)の
われや憂き世にながらえて
あどけなき、吾子(あこ)をしみればせぐくまる
おもいをするよ、今日このごろ。

人のなさけの冷たくて、
真(しん)はまことに響きなく……
松吹く風よ、寒い夜の
汝(なれ)より悲しきものはなし。

酔覚(よいざ)めの、寝覚めかなしくまずきこゆ
汝より悲しきものはなし。
口渇くとて起出でて
水をのみ、渇きとまるとみるほどに
吹き寄する風よ、寒い夜の

喀痰(かくたん)すれば唇(くち)寒く
また床(とこ)に入り耳にきく
夜半の嵐の、かなしさよ……
それ、死の期(とき)もかからまし
 

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雲った秋

 
   1

或(あ)る日君は僕を見て嗤(わら)うだろう、
あんまり蒼(あお)い顔しているとて、
十一月の風に吹かれている、無花果(いちじく)の葉かなんかのようだ、
棄てられた犬のようだとて。

まことにそれはそのようであり、
犬よりもみじめであるかも知れぬのであり
僕自身時折はそのように思って
僕自身悲しんだことかも知れない

それなのに君はまた思い出すだろう
僕のいない時、僕のもう地上にいない日に、
あいつあの時あの道のあの箇所で
蒼い顔して、無花果の葉のように風に吹かれて、――冷たい午後だった――

しょんぼりとして、犬のように捨てられていたと。

   2

猫が鳴いていた、みんなが寝静まると、
隣りの空地で、そこの暗がりで、
まことに緊密でゆったりと細い声で、
ゆったりと細い声で闇の中で鳴いていた。

あのようにゆったりと今宵一夜(ひとよ)を
鳴いて明そうというのであれば
さぞや緊密な心を抱いて
猫は生存しているのであろう……

あのように悲しげに憧れに充ちて
今宵ああして鳴いているのであれば
なんだか私の生きているということも
まんざら無意味ではなさそうに思える……

猫は空地の雑草の陰で、
多分は石ころを足に感じ
その冷たさを足に感じ、
霧の降る夜を鳴いていた――

   3

君のそのパイプの、
汚れ方だの焦(こ)げ方だの、
僕はいやほどよく知ってるが、
気味の悪い程鮮明に、僕はそいつを知ってるのだが……

   今宵ランプはポトホト燻(かが)り
   君と僕との影は床(ゆか)に
   或(ある)いは壁にぼんやりと落ち、
   遠い電車の音は聞こえる

君のそのパイプの、
汚れ方だの焦げ方だの、
僕は実によく知ってるが、
それが永劫(えいごう)の時間の中では、どういうことになるのかねえ?――

   今宵私の命はかがり
   君と僕との命はかがり、
   僕等の命も煙草のように
   どんどん燃えてゆくとしきゃ思えない

まことに印象の鮮明ということ
我等の記臆、謂(い)わば我々の命の足跡が
あんまりまざまざとしているということは
いったいどういうことなのであろうか

   今宵ランプはポトホト燻り、
   君と僕との影は床に
   或いは壁にぼんやりと落ち、
   遠い電車の音は聞こえる

どうにも方途がつかない時は
諦めることが男々(おお)しいことになる
ところで方途が絶対につかないと
思われることは、まず皆無

   そこで命はポトホトかがり
   君と僕との命はかがり
   僕等の命も煙草のように
   どんどん燃えるとしきゃ思えない

コオロギガ、ナイテ、イマス
シュウシン ラッパガ、ナッテ、イマス
デンシャハ、マダマダ、ウゴイテ、イマス
クサキモ、ネムル、ウシミツドキデス
イイエ、マダデス、ウシミツドキハ
コレカラ、ニジカン、タッテカラデス
ソレデハ、ボーヤハ、マダオキテイテイイデスカ
イイエ、ボーヤハ、ハヤクネルノデス
ネテカラ、ソレカラ、オキテモイイデスカ
アサガキタナラ、オキテイイノデス
アサハ、ドーシテ、コサセルノデスカ
アサハ、アサノホーデ、ヤッテキマス
ドコカラ、ドーシテ、ヤッテクル、ノデスカ
オカオヲ、アラッテ、デテクル、ノデス
ソレハ、アシタノ、コトデスカ
ソレガ、アシタノ、アサノ、コトデス
イマハ、コオロギ、ナイテ、イマスネ
ソレカラ、ラッパモ、ナッテ、イマスネ
デンシャハ、マダマダ、ウゴイテ、イマス
ウシミツドキデハ、マダナイデスネ

                  オワリ

          (一九三五・一〇・五)
 
 
 
※「焦げ方」の「焦」は原文では火へんに焦。

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(秋が来た)

 
秋が来た。
また公園の竝木路(なみきみち)は、
すっかり落葉で蔽(おお)われて、
その上に、わびしい黄色い夕陽は落ちる。

それは泣きやめた女の顔、
ワットマンに描かれた淡彩、
裏ッ側は湿っているのに
表面はサラッと乾いて、

細かな砂粒をうっすらと附け
まるであえかな心でも持ってるもののように、
遥(はる)かの空に、瞳を送る。

僕はしゃがんで、石ころを拾ってみたり、
遐(とお)くをみたり、その石ころをちょっと放(ほ)ったり、
思い出したみたいにまた口笛を吹いたりもします。
 

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